一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
「『伶くん』って、昔の呼び方……」


「思い出した、の……?」


 彼の声が、心なしか震えているようだった。



「なんだよ、今更。遅いよ、……バカ」



 長い腕で、ぎゅっと抱きすくめられる。

 子どもの頃は、こんな香りしてなかった。

 もっと赤ちゃんみたいな、人間の匂いだったのに。
 


「俺、大きくなったでしょ」

「うん」

「……かっこよくなったでしょ」


 生意気な、どんな顔して言ってるんだと顔を覗くと、

 自信満々の笑みで、にやりと笑っていた。

 整った顔が、大福もちと重なって……


「……うん、しゅっとしたね、大福もちみたいだったのに」

「はー!? 何それ、そんな風に思ってたの?」

「うん、食べちゃいたいなって」

「…………食べてみる?」


 返事をする間もなく、唇をふさがれた。

 身体の奥が、じゅわりと熱くなるような、

 今までで一番、熱い想いが伝わるキス。


「ずっと好きだった。子どもの頃から、ずっと」

「……うん、知ってるよ」

「俺、かっこよくなったでしょ」

「もう、何回聞くの~?」

「だって、かっこよくなったのは、あんたのためだったから」


 真面目な顔で、純粋な好意を、注がれる。


「俺は、もう子どもじゃないよ」

「『もうあかちゃんじゃない』って、よく言ってたよね」

「そうだっけ?」

「うん、よく拗ねて、ぐずってたよ」

「え~、覚えてなーい」


 懐かしい思い出。

 愛おしい思い出。

 思い出した、全部、全部。

 溢れてくる。

 笑えるくらいに、涙が出てくるくらいに、

 15年分が、

 彼の思い出と一緒に流れ込んでくる。


「もっかい、聞くね」

「ん?」

「俺、かっこよくなった?」

「うん、それは、もうめちゃくちゃものすごく」

「じゃあ……結婚、してくれる?」



――『かっこよくなったら、けっこんしてくれる?』


 吸い込まれそうな大きな瞳に、私は、なんと答えたんだろうか。




「――『うん、いいよ』」


「……だよね、そう約束したし」




 いつか、シロツメクサの指輪をはめてもらった左手の薬指に、大人になった彼がキスを落とす。


「もう絶対、忘れんなよ」

「うん」

「二度と俺を、忘れたりできなくしてやる」


 子どもの頃の、拗ねたような面影を残して、こちらを見上げる。


「何度でも刻み込んでやるよ、あんたの中に、俺を」


 そういって私の体を引き寄せ、落とされた少し意地悪なキスは、


 これまでで、一番、甘く融けた。




「愛してる」





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