一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 ――俺と、結婚してくれる?

 ベッド横に置かれたサイドテーブルの小さなライトだけがぼんやりと灯る病室で彼は言った。

 温かい橙色に揺れる彼の瞳は、夢かうつつかわからないほど幻想的で美しい。


 彼が“憧れの王子様”のままであれば、それは、夢のようなプロポーズだったかもしれない。

 吸い込まれそうな美しい瞳にまっすぐに見つめられ、一途な愛情と決意を捧げられる。

 端正な顔立ちと、スラリと背が高く細いだけではない引き締まった体つき。

 中身ももちろん……いいところはたくさんあるけれど、ひとつふたつ挙げる前に絶対的に整った容姿が真っ先に目立ち、それだけで妙齢の女性たちから有無を言わさず「YES」を引き出せると言っても過言ではないだろう。

 それでも今の私にとっての彼は……


「……うーん、結婚は無理かな。ごめんね?」

「!? なんで!?」

「なんでって言われても……」

「かっこよくなったら結婚してくれるって言ったじゃん!」


 私の答えに信じられないと言った様子の彼――宝来寺伶は、整った顔立ちを不服そうに歪ませ、大きく目を見開いた。

 テレビや写真の中で見る“憧れの王子様”だった彼は、子どもの頃に私がよく面倒を見ていた“大福もちのような”幼い男の子と同一人物だった。

 2人の人物がイコールで結ばれた瞬間、異性に対する憧れやときめきといった感情よりも、懐かしいような、愛おしいような気持ちが勝ってしまったのである。

 結婚はおろか、恋愛対象にするのもなんだか気恥ずかしい。


「伶くんのことは可愛い弟みたいにしか思えないよ」

「はぁ? 今更そういうこと言う?」

「今だからそう思うんだもん」


 当然、こんなにも自分の好みにどストライクな超絶イケメンに求婚されて、ときめかないと言ったら嘘になる。

 そうは言っても手放しで喜べない。

 結婚と聞いていまいちピンと来ないのは、私の結婚に対する意識のせいなのか、それとも彼が相手だからなのか。

 住んでいる次元が違うのではないかと思われる彼と、現実で生活を共にするイメージがわかない。

 ましてや幼い約束を“あの子”が何年間も純粋に心に秘めてきたのだと思うと、申し訳なさで居た堪れなくなっていた。


「そう思うなら、責任とって俺と一緒になってくれてもいいと思うんだけど」

「一流芸能人様が何言ってるんだか」

「そんなの関係ない。雫の年齢考えたらちょうどいいでしょ」


 ――『雫』。

 名前を呼ばれただけなのに、背後からグサリとナイフで一突きされたような衝撃を受けた。

 こんなにも過剰に反応してしまったのは初めてだ。

 これまで彼は私のことをどんな風に呼んでいたんだっけと記憶を手繰り寄せる。

 しかし、特別な間柄にしか許されない強烈な響きがかき消して、なかなか思い出させてくれなかった。


「ちょ、ちょっと伶くん、いつから私のこと呼び捨てにしてるわけ?」

「……ダメ、だった?」


 こちらを見上げる瞳がまっすぐに問う。

 ダメではないです、ダメではないんだけど、と心で答えながら言葉を探すうちに、鼓動が速まっていく。

 胸の焦りを見透かされないように澄んだ眼差しから目をそらすと、


「……俺も、口に出して呼ぶのはまだ慣れないから、違和感はあるけど」


 盗み見た彼の頬は心なしか赤く染まっていて……

 照れくさそうに目をそらしていた。



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