一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
「……麻生さんのこと考えてるの?」


 図星を指されてハッと視線を上げると、やっぱり、と呟いて彼は小さく笑った。


「俺ね……あの人に同情したんだ」


 好きな人を誰にも渡したくないという『独占欲』。

 自分が世の中で一番彼女を愛していて、それが彼女の幸せに繋がるという『自信』。

 他の男に触れられると思うと、自分の胸を掻っ捌きでもしない限り止められないほどの激情に駆られ、苦しくなること。

 彼女の気持ちを繋ぎ止めるためならどんな努力も厭わず、手段も択ばないこと。

 自分は麻生の気持ちが痛いほどよくわかる、自分は彼と同類なのだと、静かに紡ぐように、彼は言った。


 元彼――麻生流司――は、個人の権利を侵害した。

 決して許されることではない。

 この後どのような刑に処せられるのか私にはわからないが、ただでは済まされないことくらいは私にもわかる。

 それでも私は、麻生のことを完全に見放せずにいた。

 麻生の気持ちが痛いほどわかると言った彼の言葉を受け止めると同時に、どこか胸を撫で下ろすような安心感を覚えたのも、その証拠だろう。

 激高して罵られてもおかしくない場面だったのだ、本来ならば。それなのに。

 
「俺は、あの人に会えてよかったと思ってる」


 彼は信じられないほど穏やかに笑っていた。

 あの人に会わなければ、自分も同じようになってしまったかもしれない。
 
 反面教師にできるから、と。

 その笑顔がまぶしくて、温かくて、心にこびりついていた頑固な油汚れみたいな穢れが、ふわっと浮き上がったようだった。

 ひどく辛い思いをさせたに違いないのにこんな風に言ってもらえて……、救われているのは私の方だ。


「――だから俺は……、さっきは立ち直れないって言ったけど、それぐらい雫のことが大好きだって言いたかっただけで、だから一緒にいてくださいって言うのは違うと思うんだよね」

 ひょいと眉を上げて伝えた目は少しおどけているようで、私を安心させようとしているのだとすぐに気が付いた。

 心の機微になんと敏い人だろうと、感心する。


「仮に雫が拒んだことでもし俺がそうなっても、雫には何の責任もない。雫がしたいようにしてほしい。雫に選んでほしい。

 雫がどんな選択をしても俺は受け入れるし、……身を引く覚悟も、できてるよ」


 おどけたような瞳はもうそこにはなくて、ただ静かに、深紫色に揺れていた。

 ワガママで、強引で、手に入らない物なんて何もないと思わせられるような完璧な彼の、ごくごく繊細な心と優しさが垣間見えるような言葉が染み込んでくる。

 惹きつけられて、目が離せない。


「雫が望まないなら、諦める。二度と近づかない。――言葉にするだけで胸が引き裂けそうに辛いけど……雫の困ることは絶対にしない。雫のことが……大切だから」

 時折軽く目を瞑りながら、自身に言い聞かせるようにうつむき加減で話す彼の様子に、こちらも胸が締めつけられた。

 彼の言葉には嘘はない。

 “大人になった彼”と過ごした時間はまだ短いけれど、そのどの記憶の彼も、真摯に私を好きだと伝えてくれている。

 彼は同類だなんて言ったけれど……、あの人とは、違う。


「……“二度と近づかない”なんて言わないでよ、バカ」


 ――そばにいたい。近くにいて。

 もっと素直に言えたらよかったのに、気恥ずかしさが邪魔をする。

 彼は意外そうにこちらを見ると、ふっと小さく笑って、


「じゃあ……そばにいてもいいの?」

「……うん」

「“可愛い弟”としてそばにおいてやろう、てことだったら、逆にお断りなんだけど」

「……ほほう、王子はどんな身分をご所望なのかね?」

「そうですね、女王陛下……。いや……萩元雫さん」


 軽口を叩きあっていたところに急にフルネームにさん付けで呼ばれ、ひょっと背筋が固まる。


「……俺は、あなたが好きです。大好きです」


 彼の顔を、窓から差し込む陽光がうっすらと照らした。

 外は朝日が昇り始めたようで、病室もいつの間にか明るくなり始めている。


「俺の、恋人になってくれませんか」


 憧れた王子様の澄んだ瞳に、私がうつるだけでも奇跡だったのに。

 照れたように私を見つめるこの表情を、瞬間を、残しておきたいと無意識にカメラを探した自分に笑ってしまった。


 ……そんなことしなくても。

 いつでもそばで、この人が笑ってくれるなら。

 私も、なんだって出来る。


「宝来寺伶さん」

「はい」


「私も、あなたが大好きです。私の恋人に……なってください」



 こんなにも気の抜けた表情の彼は、初めて見た。

 私の告白は届いているだろうか? なんて心配になるような間が空いたかと思うと、がばっと強く引き寄せられる。

 彼の胸の厚さと、ぬくもりと、深い夢におちていきそうな香りに包まれた。


「……あぁもう、なんだよそれ」

「なんだよって?」

「告白する方は何万回もシミュレーションしてたけど、される方は全く想像してなかった」


 ふてくされたような顔は、大福もちくんの頃から何も変わっていない。

 我慢できずにふっと吹き出すと、反撃と言わんばかりに唇を塞がれた。

 無遠慮に口内に攻め入られ、身体の奥まで侵略されたような気分になる。

 うまく息ができなくて軽く彼の体を押すと、ようやく解放してもらえた。


「可愛いな、ほんと……」


 熱っぽく呟かれ、我慢できずに彼の唇を求めた。

 優しく受け入れられたキスは、熱く、甘く、融け合う。



 “王子様”だった彼と、これからは“恋人”として過ごせる日々が待っている。

 心の底から幸せだと感じながら、誰よりも愛おしい彼と、いつまでも一緒にいられることを願うのだった。




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