一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 二人はしばらく談笑していたが、立ち去るのもおかしい気がしてその場に留まる。

 この後自分がすべき仕事を頭でまとめながら、今頃楽屋で宝来寺伶がどう過ごしているのか、などと妄想に耽っていると、

「ああ、そうだ。萩元さん」

 突然名前を呼ばれて咄嗟に肩が上がる。

 もう二度とこの人に話しかけられることはないだろうと油断していた。

 背後からすっと細い針で刺されたような声が出る。

「は、はいっ?」

「現場でご一緒させていただく女性の方にはもれなくお伝えをしているので、悪いように思わないでいただきたいのですが……うちの宝来寺に近づこうとは思われないことです。

 事務所から少数精鋭のスタッフを連れて世話を焼いてますので、余計なお気遣いも不要です。

 時に、気まぐれで宝来寺から声を掛けることがあるかもしれませんが、無視していただいてかまいませんので」


 では、と一方的に告げるやいなや、石神さんは背を向けて去ってしまった。


「(…………

  宝来寺さんに話しかけられて無視するなんて、

  絶対に無理……!!)」


 夢のような状況を想像して、わなわなと手が震える。

 あまりにも、畏れ多い。畏れ多すぎる。

 いや、それ以前に話しかけられたのに無視をするというのは、人としてどうなのか?


 そりゃ、マネージャーさんの気持ちもわかる。

 ファンのスタッフが仕事を口実に近づいてくることも少なくないのだろうし、実際に迷惑極まりないだろう。

 正直なところ、昨日から少しくらいは、そんな想像もしなくはなかった。

 おはようございます、とか、今日はよろしくお願いします、といった、なんてことのない挨拶を交わして、一瞬でも、目があったらいいなぁ、など……。


 でもあの様子だと、そういったこともなさそうだ。

 今朝のぼんやりとした様子を思い出す。


「おはようございます。よろしくお願いします」

「あ、はい、おはようござ……」


 声の方向に振り返って驚いた。

 
 思わぬところから、宝来寺伶が現れたのだ。





< 15 / 122 >

この作品をシェア

pagetop