一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
「……人違いかもしれないんだけど」


「萩元、雫、さん…………?」



 雷に打たれたような衝撃を受け、心臓が1回ドクンと強く収縮して、止まったようだった。

 ハギモトシズクという響きが、自分の名前とは思えないほど異質に響く。

 それと同時に、憧れの彼の唇が、彼の声が、ハギモトシズクと奏でた奇跡に感動した。


 否、感動している場合ではないと、余韻に浸る間もなく現実に戻る。

 どうして知っているのだろう。

 超人気モデルの彼が、モデル界のプリンスと呼ばれている人が、

 私のように有名でもなんでもない、メディアに露出したこともない、駆け出しのフリーカメラマンのことを。


「え、ええっと、ハイ。そうです」


 高鳴る心臓を抑えてなんとか肯定した途端、吸い込まれそうな大きな瞳が、嬉しいことがあって喜ぶ子どものように純粋にくるんと輝いた。

 まるで私が肯定することを知っていたようで、待っていたようでもあった。


 二、三歩、すらりと長い足が早足でこちらに向かってくる。

 付き人が「伶さん!」と叫ぶように呼んだが、彼の耳には届いていないようだ。

 また、あの香りがする。

 ふわりと夢に落ちて、戻ってこれなくなりそうな。


「会いたかった……!」


 もっと欲しくなるような、優しい、切ない香り。


 欲しいままに香りが充満した。

 長い腕に包まれて、自分以外の体温にとろけそうになる。





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