一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 彼女は、自分のことを覚えていなかった。

 よく考えれば、当然だったのかもしれない。

 毎日毎日、彼女のことを考えて過ごしたのは自分だけで、彼女にとって俺は、たくさんある思い出に出演する、その他大勢の脇役の一人に過ぎないのだろうから。

 ましてや、最後に会ってから15年の月日が経過しようとしている。

 しょうがない。しょうがなかったのだ。


 すっかり大人になっていた彼女の姿が浮かぶ。

 抱きしめたときの、柔らかな肌の感触も、ぬくもりも。

 口づけたときの、理性が吹っ飛びそうな激情も。


「ああぁ~、俺はホントに、なんってことを……!!!」


 今更襲い来る羞恥心に耐えきれず、クッションに顔を押し付ける。

 怒ってはいないようでホッとした。

 彼女と昔のように何気ない会話ができたのが本当に嬉しくて、何度も何度も思い返している。


 ふと、本棚の一番取り出しやすい位置に納めてあるクリアファイルを取り出した。

 彼女が写っている雑誌の切り抜きや、ジュニアアイドル時代の生写真など、特別気にいっているものだけを集めた厳選版だ。

 そこに、先日の撮影で塚本さんが「誌面には載せられないけれど、記念に」とくれた、2人の写真がファイリングしてある。


 とびきりの笑顔で笑う彼女と、そんな彼女を幸せそうに見つめる、等身大の自分の写真。

 
 ――とても、感慨深い。

 彼女に繋がれていた小さかった俺の手が、彼女を支え、抱き締めている。

 もう、彼女に守られてばかりの小さな子どもじゃない。

 彼女を守れるくらいの、大人になったんだ、俺は。


 淡いグリーンのヘアクリップに、彼女の残り香を求めて鼻を近づけた。

 ――いやだ、こんなのじゃ。

 写真や物じゃ、満足できない。

 抱き締めたい。もう一度会いたい。

 キスしたい。

 …………抱きたい。




< 66 / 122 >

この作品をシェア

pagetop