一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 普段は車があまり通らない自宅の前の路地に、見慣れぬSUVがハザードランプをたいて停まっていた。

 そう言えば車種を聞いていなかったが、あれだ、と確信する。

 車にはまったく詳しくないが、何となく宝来寺さんは真っ赤なスポーツカーを嫌味なく乗りこなしそうだと想像していたので、案外普通の車だったことに胸を撫で下ろす。


 運転席に駆け寄る姿がバックミラーで見えていたのか、ドアが開いて宝来寺さんが降りてきた。

 今日は黒のポロシャツにジーンズ姿だ。見慣れないカジュアルな雰囲気に思わず見蕩れる。

 見慣れないといえば、彼が平凡な住宅街に立っている様子もそうだった。

 まるで昭和のアニメの背景に、乙女向けゲームに登場する美麗男子の立ち絵を重ねてしまったような、アンバランスさ。

 彼の姿は完璧に整えられたスタジオだからこそ調和するのだなと、ずば抜けた美貌を再認識した。


「おはよう。……でっかいカバン。何持ってきたの」

 当たり前のように私のカバンを肩にかけると、助手席のドアを開けて座らせてくれた。

 こういうさらりとエスコートするのが似合うあたり、王子の風格が漂う。

 一見した時は普通の車だと思ったが、内装はベージュのレザーシートでとても上品だった。

 ハンドルに施された“W”のマークを見て、国産車ではなくドイツ車だったということに気が付く。


「えっと、カメラとか、飲み物とか、お菓子とか、色々」

「ふぅん。あ」


 早速、髪につけたバレッタに目が留まったようだ。

 熱っぽい視線に、顔が赤くなる。


「つけてくれたんだ……ありがとう。よく似合ってる」


 まっすぐな言葉を彼の口から聞くと、こんなにも甘く響くのはなぜだろう。

 優しく髪を撫でられ、思わず目をそらしてしまう。

 こんな初っ端からドキドキさせられっぱなしじゃ、この先の数時間が思いやられる。


「発車しまーす。シートベルトをお締めくださーい」

 ハンドルを握った彼が、それほど高くないテンションでのんびりと言うので、笑ってしまった。

 素直に従ってシートベルトを締めながら、こういうところは普通の24歳らしくていいな、と微笑ましくなる。


 今日は関越自動車道を北上することになっている。

 渋滞による影響をほとんど受けないことと、都心に近いとどうしても人の数も多いので、できるだけ郊外に行きたいと彼が言ったからだ。

 確かに、1時間もあれば隣の隣の県まで行けてしまう。

 隣の隣の県までは行かずとも、どこか緑の多いところでふらりと高速を降りて、バイパス沿いの道の駅などに車を停め、おしゃべりを楽しむ計画だった。




< 80 / 122 >

この作品をシェア

pagetop