一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 その時、スマホに着信があった。

 宝来寺さんからの連絡に気が付けるようにと、着信音と通知音を最大にしていた上、合流できてホッとしたのか電源を切り忘れていたらしい。

 車内に響き渡る音量の着信音に驚いて、跳ねるように宝来寺さんの腕を抜け出し、画面を確認する。


 ――『麻生 流司』


 発信者の名前が目に入り、ドクンと大きく心臓が脈打った。

 宝来寺さんに一言断って、スマホを耳にあてる。


「もしもし」

『……お疲れ様。今、話していても大丈夫? 今夜の待ち合わせについてなんだけど』


 心臓の鼓動が、不吉に大きくなっていく。

 呼吸が荒くなり、首筋に冷たい汗が流れた。



『……雫? どうしたの?』



 ――会いたくない。


 ――会いたくない。


 ――会いたく、ない……。




 不意に、後ろから宝来寺さんに抱き締められた。

 背中に広がるぬくもりに、心がじんわり癒されていく。


 少し落ち着きが戻って、やっと普通に声が出せた。



「……流司さん、今日の約束、また今度でもいい……?」

『いいけど……どうしたの? 体調でも、悪い?』

「……うん」


 ――元凶はあなただけれど。

 ……いや、私か。


 『また改めて電話するね、お大事に』と、彼は電話を切った。

 もう彼の声は聞こえないはずなのに、耳の奥でリフレインしてなかなか止んでくれない。



「……彼氏?」

 後ろから抱き締めていた宝来寺さんが、低く静かに訊いた。


「この後、約束してたの……?」


 静かな怒りを秘めたようなまなざしは、複雑な色を孕んでいた。

 軽蔑、失望、哀しみ、……嫉妬。

 感情を無くした綺麗な顔立ちは、尚更冷たく感じる。

 時間がずれているとはいえ、ダブルブッキングされたなんて、感じのいいものではない。

 ましてや、今日を楽しみにしてくれていたことが、ちゃんと伝わってきていたから。


「宝来寺さ」

「彼氏いるなら、断ってくれてよかったのに」


 突き放すような言い方に、心臓が引き裂かれるような痛みを覚える。


「……彼氏が、可哀想だ。俺だったら、……絶対嫌だ」


 怒っているような、傷ついているような、泣き出してしまいそうな、そんな複雑な表情で、吸い込まれそうな瞳にまっすぐと見据えられた。

 あまりに澄んだ強いまなざしに、引き裂かれた心臓が、ぶすり、ぶすりと刺され続けて、汚い血の色で心が濁っていく。

 自分を悪者にしたくないだけだろうか。そうかもしれない。それでも。

 宝来寺さんには勘違いされたくなくて、言い訳に聞こえてしまってもいいと、元彼・麻生流司との関係を正直に話した。

 ……動画の件も、含めて。




< 86 / 122 >

この作品をシェア

pagetop