一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
「……つきまとう?」
言われている意味がよくわからないといった様子でゆっくり繰り返し、首を傾げる。
「僕は彼女の“恋人”ですが、そういうあなたは、一体彼女の“何”なんですか?」
抑揚なく言ってのけた彼の瞳は相変わらず光がなくて、寒気がした。
……そう、彼の中では私はまだ、彼の“恋人”なのだ。
「気安く触らないでもらえますかねぇ、僕のなんで」
言葉の強さに比例しないのんびりとした口調で笑いながら私に近づき、腕をつかまれた。
不気味なほど冷たい手のひらと、痛みを感じるほどの強い力に、身がすくむ。
「――……雫」
声が、出なかった。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。
穏やかな声でゆっくりと私を呼んだ彼は、
“怒っている”のだ。
「他の男と2人になっちゃダメだって、いつも言ってるでしょう」
「俺以外の男に体を触らせたなんて」
「お仕置きだね」
「俺のことしか見えないように、閉じ込めちゃおうかな」
「2人だけで過ごそう」
「雫は俺のことだけ考えてればいいんだよ」
「絶対に幸せにしてあげる」
「雫は俺のものなんだから」
まるで幼い子どもに言い聞かせるみたいに優しく、一言一言を、私の心の内側に黒く染み込ませていく。
この人からは、逃れられない。
胸が詰まるような動悸に迫られ、真っ黒な世界で諦めに似た感情を覚えたその時、
「離せよ!!」
強い口調で、宝来寺さんが彼の腕をつかんだ。
それでもなかなか離れようとしない麻生の腕を力ずくで振りほどいて、突き飛ばす。
よろけて後ろに倒れた彼が、ズシャリと音をたててアスファルトにしりもちをついた。
宝来寺さんは、もう絶対に離さないという強い決意が伝わるほどの力で、私を抱きすくめる。
彼の胸で遮られた視界の隅で、のっそりと麻生が起き上がった。
「……ひどいなぁ~、乱暴するなんてよくないんじゃないですか?
あなたみたいに女性に色恋を想像させてメシ食ってるような芸能人は特に、スキャンダルはご法度でしょう……?」
……笑っている。
倒されても倒されても、起き上がってくるゾンビ映画を彷彿とさせた。
「『超人気俳優・RH、住宅街路上にて、一般女性と熱~い抱擁』」
「熱狂的なファンが知ったら哀しむだろうなぁ。何人か死んじゃうかも」
さもおかしそうに肩を揺らして喉元を鳴らす。
宝来寺さんは可哀想なものを見るような憐れんだまなざしで、顔をしかめていた。
「……突き飛ばしたことは謝ります。ごめんなさい。でも、」
「あなたがしていることは、脅迫ですよ。好きな人にする行為じゃない」
極めて冷静に、そう言った。
それでも尚、彼は笑いながら近づいてくる。
宝来寺さんの言葉は、届いていないようだった。
「ものすごいスキャンダルですねぇ。どこが一番高く買い取ってくれるかな?」
言いながらぬうっとスマホを取り出し、こちらに向ける。
あっと思う間もなくフラッシュがたかれ……
少し遅れて、カシャリ、と無機質な音が鳴った。
胃がぐしゃりと握り潰されたような違和感と、吐き気が襲う。
世界がまわって、まわって……
ぺちゃんこになった私は、木の葉が風に飛ばされるようにぺらりと浮かんだ。
このまま飛ばされて、二度と帰ってこれなくなる……!
咄嗟に宝来寺さんの腕にしがみついた。
「――乗って。早く」
車の助手席に押し込まれたらしい。
どちらが上か下かもわからない無重力な世界で、彼の声を聞きとるので精一杯だった。
「身をかがめて、できるだけ小さく」
そう言われるや否や、バン! という強い音と衝撃が左耳に届く。
その音がまるで合図だったかのように、私の意識は、途切れた。
言われている意味がよくわからないといった様子でゆっくり繰り返し、首を傾げる。
「僕は彼女の“恋人”ですが、そういうあなたは、一体彼女の“何”なんですか?」
抑揚なく言ってのけた彼の瞳は相変わらず光がなくて、寒気がした。
……そう、彼の中では私はまだ、彼の“恋人”なのだ。
「気安く触らないでもらえますかねぇ、僕のなんで」
言葉の強さに比例しないのんびりとした口調で笑いながら私に近づき、腕をつかまれた。
不気味なほど冷たい手のひらと、痛みを感じるほどの強い力に、身がすくむ。
「――……雫」
声が、出なかった。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。
穏やかな声でゆっくりと私を呼んだ彼は、
“怒っている”のだ。
「他の男と2人になっちゃダメだって、いつも言ってるでしょう」
「俺以外の男に体を触らせたなんて」
「お仕置きだね」
「俺のことしか見えないように、閉じ込めちゃおうかな」
「2人だけで過ごそう」
「雫は俺のことだけ考えてればいいんだよ」
「絶対に幸せにしてあげる」
「雫は俺のものなんだから」
まるで幼い子どもに言い聞かせるみたいに優しく、一言一言を、私の心の内側に黒く染み込ませていく。
この人からは、逃れられない。
胸が詰まるような動悸に迫られ、真っ黒な世界で諦めに似た感情を覚えたその時、
「離せよ!!」
強い口調で、宝来寺さんが彼の腕をつかんだ。
それでもなかなか離れようとしない麻生の腕を力ずくで振りほどいて、突き飛ばす。
よろけて後ろに倒れた彼が、ズシャリと音をたててアスファルトにしりもちをついた。
宝来寺さんは、もう絶対に離さないという強い決意が伝わるほどの力で、私を抱きすくめる。
彼の胸で遮られた視界の隅で、のっそりと麻生が起き上がった。
「……ひどいなぁ~、乱暴するなんてよくないんじゃないですか?
あなたみたいに女性に色恋を想像させてメシ食ってるような芸能人は特に、スキャンダルはご法度でしょう……?」
……笑っている。
倒されても倒されても、起き上がってくるゾンビ映画を彷彿とさせた。
「『超人気俳優・RH、住宅街路上にて、一般女性と熱~い抱擁』」
「熱狂的なファンが知ったら哀しむだろうなぁ。何人か死んじゃうかも」
さもおかしそうに肩を揺らして喉元を鳴らす。
宝来寺さんは可哀想なものを見るような憐れんだまなざしで、顔をしかめていた。
「……突き飛ばしたことは謝ります。ごめんなさい。でも、」
「あなたがしていることは、脅迫ですよ。好きな人にする行為じゃない」
極めて冷静に、そう言った。
それでも尚、彼は笑いながら近づいてくる。
宝来寺さんの言葉は、届いていないようだった。
「ものすごいスキャンダルですねぇ。どこが一番高く買い取ってくれるかな?」
言いながらぬうっとスマホを取り出し、こちらに向ける。
あっと思う間もなくフラッシュがたかれ……
少し遅れて、カシャリ、と無機質な音が鳴った。
胃がぐしゃりと握り潰されたような違和感と、吐き気が襲う。
世界がまわって、まわって……
ぺちゃんこになった私は、木の葉が風に飛ばされるようにぺらりと浮かんだ。
このまま飛ばされて、二度と帰ってこれなくなる……!
咄嗟に宝来寺さんの腕にしがみついた。
「――乗って。早く」
車の助手席に押し込まれたらしい。
どちらが上か下かもわからない無重力な世界で、彼の声を聞きとるので精一杯だった。
「身をかがめて、できるだけ小さく」
そう言われるや否や、バン! という強い音と衝撃が左耳に届く。
その音がまるで合図だったかのように、私の意識は、途切れた。