一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 石神さんの思いがけない言葉に、落ち着いていたはずの心が揺れる。

 迷惑をかけて、怒られると思っていた。

 それなのに、私の気持ちをまず慮ってくれたなんて。

 涙が出そうになっていると、隣に座っている宝来寺さんがきゅっと手を握ってくれた。

 温かくて、安心する。


「ひとまずご自宅にお送りしますが、今日のところはビジネスホテルを手配しましたので、そちらにお泊まりになってください。必要なものがあれば、後で買いに向かいましょう」

 いつも通りの芝居がかった口調で、石神さんは淡々と述べた。

 なんと心強いのだろう。

 日頃、「癖が強いなぁ」などとネタにしていたことを心の中で詫びる。


「……なぁ、やっぱり今夜だけでもうちに来てもらうわけにはいかないの? こんな日に一人は心細いだろ」

 宝来寺さんが口を挟む。

「言ったでしょう。もし、何らかの方法で彼女の居場所が特定されているとしたら、芋づる式に私たちの居場所も明らかになる。それが自宅ともなれば、非常に危険です」

「じゃあ、俺も一緒にホテルに泊まる」

「あなた馬鹿ですか? それこそ向こうの思うつぼでしょう。週刊誌が押し寄せて身動きできずにジ・エンドですよ」

 うう、と宝来寺さんが低く唸ったあと、あっと思いついたように手を叩いた。

「俺と、廉と、3人で泊まればいいんじゃないかな!」

「迷惑です」

 キッパリ斬り返され、宝来寺さんがまた唸る。

 自分のせいで心配をかけているのに不謹慎だが、こういうやり取りが見られるのはちょっと嬉しい。


「あ、あの、ご配慮いただいて恐縮なのですが、ホテルまでとっていただかなくても大丈夫ですよ。家の前で待たれていたことは確かに驚きましたけど……ホテルに避難するほどのことではないと思いますので」

 それに、何日も泊まるとなるとホテル代がかさみそうで心配だ。

 なるだけ明るく言ったつもりだったが、石神さんと宝来寺さんの空気が一気に重くなった。


「……この後、あなたのご自宅には警察を呼ぶつもりです」

「え」

「いずれにせよ、心の準備をしていただかなければなりませんのでお伝えしますが……おそらく、住居に侵入されていると思われます」

「……変な写真が送られてきててね。たぶん、萩元さんの部屋だと思う」

 ……? なぜ私の部屋の写真が彼宛てに送られてきたのだろう?

 そしてどうして、それが私の部屋だと、彼らにわかったのだろう?

 不思議そうな顔をしている私の様子を窺いながら、宝来寺さんが教えてくれた事実に戦慄する。


「……机の上にクマがいた。あのシロツメクサの」


「それで、破られてた。……俺たちの、写真」



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