一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 石神さんが「自分ひとりでは心もとないので」と、個人的に契約しているという身辺警備の男性を呼んだ。いわゆるボディーガードである。

 宝来寺さんは車の中で待つようにと石神さんが指示したため、私と石神さん、ボディーガードの男性――真壁さんというらしい――の3人でアパートの階段をのぼった。


 真壁さんが先に部屋に入り、一通り見回ってくれたあと、私と石神さんが入る。

 部屋は、いつもと変わりがないように見えた。

 住居に侵入されているだなんて聞いた時は、空き巣が入った部屋のように荒らされている様子を思い浮かべたが、そのような形跡はない。

 ……ただ、宝来寺さんの言う通りシロツメクサの花冠を飾っていた仕事机、及び『宝来寺伶コーナー』だけが、見るに堪えない無残な姿になっていた。


 これをあの彼、――麻生流司がしたのかと思うと、胸が苦しくなる。

 自分の知らない間に部屋に入られていた恐怖も当然あるが、ここまで彼にさせてしまったのは、自分のせいだという気持ちが膨らんでいた。


 彼はどんな気持ちで、この部屋にいたのだろう。

 破られた写真集。割られた鏡。ちぎられたストラップ。

 塚本さんにもらった、ウェディングドレスとタキシードに身を包んだ私たちの写真も、ちょうど2人を引き裂くように真ん中で破られて……

 宝来寺さんの顔のあたりは、黒のマジックでめちゃくちゃに塗りつぶされていた。


 正直に言えば、信じたくなかった。

 彼と過ごした思い出が、美しく甦る。

 もう、あの時の彼に戻れないんだろうか?

 もっと綺麗に、こんなことにならないように別れられるやり方があったんじゃないのか……?

 かつて愛した恋人の気持ちに想いを馳せて、涙がこぼれそうになる。



「……萩元さんって、宝来寺伶のファンだったんですね」


 急に石神さんがそんなことを言うので、涙が引っ込んだ。

 そうだ、宝来寺さん本人に見られていたら。

 自分の写真やグッズが色々と悲しい姿になっているのを目にしたら、傷つくだろう。

 それで石神さんは車に残るように言ったのだと、今更ながら気が付いた。

 もっとも、部屋の一角にコーナーを作っていたことを、本人に知られるのはとても恥ずかしい。

 そういう意味で、宝来寺さんが来ていなくてよかったと、胸を撫で下ろした。


「似たもの同士ということでしょうか」

「え? 誰と誰がですか?」

「……なんでもありません」


 真壁さんが、警察への通報が済んだと石神さんに報告した。

 石神さんは真壁さんに「ご苦労様」と告げて、私に必要以上に部屋のものに触らない方がいいが、どうしてもこれは持っていきたいというものがあれば持っていくようにと言った。

 ひとまず下着類と、スマホの充電器を鞄に入れる。

 ハッと思い出して、キッチンの冷蔵庫に向かった。

 特売で買った牛肉を、冷凍しておきたいと思ったのだ。


 いつものように冷蔵庫を開けて、思わず固まった。


「…………!」


 買った覚えのないプリンが2つ、仲良く並んでいた。

 私の好きな、表参道のお店のプリンである。


 信じたくなかった気持ちが、ようやく確信に変わる。

 彼は確実にここにいた。

 写真をやぶったのも、彼なんだ、と……。


 その時、いつの間にか外にいたらしい石神さんが、珍しく慌てた様子で駆け込んできて言った。




「……伶が、いなくなりました」







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