一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
 その後しばらくして助けられたのだと思うが、あまり覚えていない。

 はっきりと覚えているのは、スタジオに戻ったときのことだ。

 迎えに来ていたしずくおねえちゃんの母親が、自分のズボンがひどく濡れているのを可哀想に思ったらしく、何か着替えを貸してもらおうと提案した。

 スタッフに事情を説明しているときに、なんだなんだと集まってきたのが、まだ残っていたキッズモデルたち。



「あいつエレベーターの中で漏らしたらしいぜ!」

「えー! マジかよ! きったねーー!!」



 子どもは素直で、残酷だ。

 エレベーターに閉じ込められて怖い思いをした上、好きな女の子の前で漏らしてしまった恥ずかしさを、誰がわかってくれただろうか。

 ひやかす声に何も言えず、消えたくなっていたとき、



「やめなよ!」


「しょうがないじゃん。閉じ込められてたんだから!」



 しずくおねえちゃんが、声をあげてくれた。



「わたしだって、あと少しで漏れそうだったんだから!」

「えー、しーちゃんは漏らさないよ~中学生だもーん」

「中学生でも大人でも、トイレに行けなかったら漏れますよーだ!」


 すでに雑誌のモデルやジュニアアイドルとして人気者になっていたおねえちゃんが、かばってくれた。

 こんなに恥ずかしいことをしたのに、

 もう嫌われちゃったかと思っていたのに、



「気にしないでいいよ、伶くん。あいつらまだガキだから」



 かっこよかった。

 自分が情けなくなるほどに。


 おねえちゃんよりもかっこよくならねば、と誓った。


 ……そう簡単には、いかなかったけれど。



 その後も、エレベーターが怖くて乗れなくなってしまった自分に付き合って、一緒に階段で昇り降りしてくれた。

 薄暗い試着室に1人で入れなくて困ったときも、そばにいてくれた。

 ハロウィンのセットの“棺桶”が怖くて怯えていたとき、それを見た同じキッズモデルの男子たちに面白がられて、無理やり棺桶の中に閉じ込められたことがあった。

 今までで一番狭くて、暗くて、怖くて、息ができなくて、苦しくて、本当に死んでしまうと思ったときに、見つけて助けてくれたのも、しずくおねえちゃんだった。


 大げさな話ではなく、『命の恩人』だ。




 いつか、彼女を守れるくらい、かっこよくなりたかったのに。




 助けて、しずくおねえちゃん。

 また、死んじゃいそうだ。


 たすけて。


 たすけて……。





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