一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
「やーだぁちょっとー、泣いちゃってるじゃなーい」


 永遠にも感じられるほど、長い時間だった。

 気が遠くなるほど長い間、暗闇の中で、身体を縛られ、身じろぐことも許されないほど狭いトランクに押し込まれ、車の振動で揺らされ続けた。

 気を失えないまま、気が狂いそうになったまま、狂えないまま、生きた。


 頭の悪そうな女の声と共に、光と空気が入り込む。

 まぶしい。脳が、しびれている。

 目の下や指の先が、ピクピクと小刻みに痙攣をおこしていた。

 全力疾走した後のように、心臓がドッドッと音をたてて拍動している。

 肺と、わき腹が痛い。

 口の中が渇いて、舌が動かない。


「オイオイ、漏らしてねーだろーなぁ」

「なにコイツ、目ん玉イッちゃってね? 汗すげえし」

「りゅーちゃーん、ちょっとヤバいかも~」


 ……誰だっけ、こいつら。

 あぁ、そうか、『芝居要員』だ。



「……彼、生きてた? よかった、死んでなくて」




 ――……こいつの声は、死んでも忘れない。




「どうやって運ぶ? 動けねぇだろコレ」

「ねーえ、歩けますかぁ~?」

「しかし脚なっげぇーな~」


 力の入らない体を乱暴に引きずり出される。

 縛られたままの体は、ずしゃりと音をたてて、地面に膝を打った。

 頭を首で支えられず、反動でガクンと体が揺れる。

 バカみたいな笑い声が頭の裏側で不快に響いた。


「ひゃー、ホントに男かよ。綺麗な顔してんなー」

「な、人形みてぇ」

「……めろ、……る、な」

「え? なーぁに?」


 触るな。

 触るな。

 汚い手で俺に触るな……!



「……立てた? 歩けそう?」 




 ――ああ、吐き気がする。

 こいつの顔、今、見たら、




 殺してしまいそうだ。





「……じゃあ、行きましょうか。イケメンプリンスさん」






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