出られない51の部屋
同じ公園だ。
あの部屋で目覚める前、猫と喋った時と、同じ公園だ。
今、何日の、何時だろう。周囲が明るいことから、昼頃だということはわかる。鞄の中からスマートフォンを取り出そうと、鞄の中を探っていると、白い一通の封筒が入っていた。
封筒を見た瞬間、それが何かすぐにわかった。
私は丁寧に、けどできるだけ早く、封筒を開く。
『一番言いたいことはさ、手紙に書いた』
ミケの、一番言いたいこと。
封筒から、二つ折りにされた紙を取り、ゆっくりと開く。
そこには、たった四文字が、綴られていた。
その四文字に、私の目は大きく見開く。
そして、顔を上げ、周囲を見渡す。勢いよく首を振る。
そして、手紙を握ったまま、走り出した。
ミケ、ミケ、ミケ。
何度も、心の中で呼んだ。
今までの中で、一番速いんじゃないかってくらい、私は一生懸命、走った。どこに向かっているのか、そんなのわからない。
けど……今すぐにでも、会いたくてたまらなかった。
我慢できなくなって、私は大きく息を吸う。
「ミケーーーー!!」
お願い、返事をして。声が聞こえているのなら、お願いだから。
「ミケ! ミケー!」
すれ違う人たちが、変なものを見るような目を向ける。
けど、そんなの、気にならないほど、私は夢中に走った。
どこにいる?
ミケ、どこにいる?
今まで経験したことがないくらい、胸が熱くなるのを、感じていた。
溢れる涙が、風と一緒に後ろへと飛んでいく。
「ミケ……っ!」
限界まできたのか、私の足は自然と止まった。
周囲を見渡せば、そこは自宅の近くにある、川沿いの公園で。桜の木が何本も並んでいた。私は、ゆっくりと足を動かしながら、「ミケー」と、何度も繰り返す。
ふと、川の方に視線を移すと、水辺に桜が映っていて。
「きれい……」
そう呟いた瞬間、足下に、柔らかい何かが触れた感覚がはしった。
ゆっくりと視線を下に移すと、そこにはオレンジ色に近い、茶色の毛を纏った猫が、私の足にすり寄っていた。
「ニャア」
「……どうしたの? 迷子?」
私はしゃがみ、目の前の猫の頭をゆっくりと撫でる。すると、猫はそっと私の手に触れる。
「……不思議な猫」
そんなことを呟くと、猫は軽くジャンプし、私の胸へと飛びついた。
小さく笑いながら、そっと体を撫でる。
……あ、れ?
この感覚……どこかで……。
脳裏に、ミケに抱きしめられた時のことが浮かんだ。
そして、首輪に何か紙が挟まっていることに気づき、紙をゆっくりと取る。
猫を下し、少しだけ震える手で、紙を開く。
そこには、『ありがとう。また、どこかで』と、私の字で書かれていた。
唇が、微かに震えるのを感じた。
私は、まだ震えが止まらない手で、ゆっくりと、猫の首輪についているネームプレートに手を伸ばす。ネームプレートには、二文字、綴られていた。
『ミケ』と。
口から、嗚咽が漏れる。
そっと、優しくミケを抱く。強く、優しく、包む。
「……っだよ」
もう、止まらなかった。
「『好きだよ』……っ」
私は、ミケからの手紙書かれていた四文字を、繰り返す。
「好きだよ、ミケ……っ」
「ニャア」
答えるように、そう鳴くミケ。
少しだけ切なくきこえるのは、気のせいだろうか。
私を変えたのは、間違いなく、ミケだ。
そして今、私の中の変化の名前が、何と言うのか、私は気づいた。
そして、聞こえた気がした。
小さな猫が、私の心の中の扉を、そっと開く音を。