「英国の月は、暁に映る恋に溺れる」
1. 偽りの恋人
景色の中を泳ぐように麗らかな風が四方をすり抜けて行く。

風達が艶めく髪に戯れて丸い頬に纏わりつくのを煩わしそうに、君はその小さな手を差し出した。

「はいっ」

はにかみながら俺と手を繋いで君が歩き出した道は、どこまでも碧く活き活きとした芝で溢れかえっている。

高台にそびえる悠久の石造りの教会は満天の陽を小さな窓から取り入れて、たゆまない灯を祭壇に掲げていた。

俺は秘密のエデンを解き明かすつもりで、君の手を引いて静かに佇む聖域へと足を踏み入れた。

灰色の壁に外気と光を遮断され、海を背にして建つ教会の内部に潮の香りは感じられなかった。

仄暗い館内を進む毎に、より強く繋がれる手ーー。

「祭壇まで行ってみよう......」

君より少し年上の俺は大人ぶって先頭を行く。

君は俺のシャツの裾を掴みながら背中に身を隠して、恐る恐るその先を目指す。

足音がザクザク鳴るのは、きっと遠い昔に誰かが浜辺から持ち込んだ砂のせい。

自分達の呼吸する音さえも聞き取れそうな程、静まり返った空気。そこへ断続的に微かな波の音が混じって、異世界に迷い込んだかと錯覚しそうな雰囲気に安堵感をもたらす。

夢中で歩を進めるうちに気づけば、陽だまりに包まれた古の祭壇が目前に。

掲げられた琥珀色の木製の十字架は、かつては金箔に覆われて静寂を守る館内に荘厳なオーラを纏わせていたことだろう。

辿り着いた石造りの祭壇の前で、俺と君は向かい合い未来を連想させるような仕草をした。

”健やかなる時も、病める時もーー”

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