「英国の月は、暁に映る恋に溺れる」
「いえっ!、いえっ、何でもないですっ!」

”ボッ!”と、一瞬にして頬が上気したのがバレてなければ良いけど......!

だって伊原さん、ちょっと視線を送っただけで、すぐに気が付いて反則級の笑顔を向けてくるから......っ!

「どうしたの?」

慌てふためく姿をなんとなくからかわれた気がしたのに......、今私が自覚しているのは、ときめきに限りなく近い胸の高鳴りだった。

伊原さんは流行りの恋愛小説に登場するヒロインの恋人のイメージ......。

そんな風に彼を思い始めて、もうずいぶん経つ。

今までも、この先もずっと。私は伊原さんにとって会社の後輩でしかない。

というか、

別にそれ以上の関係を望んでいるわけじゃない。

本当に?

と、自分に問いかけて答えに詰まり、私は自分の気持ちに蓋をするように、そそくさと仕事を始めた。

「......今日は午後から充見先生のお宅に」

メールをチェックするときに、つい独り言が出てしまう癖は直したい。

それでも結局ブツブツ言いながら今日の予定を確認していく。

今日は充見先生の原稿が上がる日。

先生に限っては、安心して締め切りを迎えられる。

充見 紘成先生は今時には珍しく手書きで原稿を仕上げる。その一語一句、直筆で書かれた貴重な原稿が締め切りに遅れたことは一度もない。

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