赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「貴婦人の憧れの的、社交界の薔薇公爵がまさかひとりの女性を愛することになるとはね。近々天変地異でも起こりそうだ」
「というわけだから、お前もシェリーに近づくな」
「それは残念。シェリー譲は気立てもいいし、なにより身分関係なしに滲み出る知性と気品が魅力的な女性だったのだけれど、薔薇の毒牙にやられてしまったみたいだ」
残念と言いながら、ウォンシャー公爵の言葉はあっさりしている。ただスヴェンをからかいたいだけなのだろう。
スヴェンも負けじと不敵に笑い、皮肉を返す。
「シェリーは、お前には高嶺の花だ。せいぜい悔しがって唇を噛んでいろ」
「君さ、俺に対してだけいつも態度が横暴すぎやしないかい?」
「日頃の行いだろう。まぁ――今は信用しているぞ、ガイ」
スヴェンはの口から飛び出した自分の名前に驚いたのか、ウォンシャー公爵「おぉっ」と感激の声を上げる。
「名前を呼んでくれるなんて、ずいぶん俺も出世したみたいだ。では、そろそろ準備をしようじゃないか」
和やかな空気のまま、全員で準備を開始する。シェリーとアルファスはウォンシャー公爵のよう逸したワインの運び屋の作業着を身に着け、髪も結って帽子の中に押し込んだ。
スヴェンはというと剣を持っていくと怪しまれるので懐にナイフを一本隠し、黒髪の鬘を被って執事服を身に纏う。
おまけにモノクルまでつけているので、パッと見てセントファイフ家の騎士公爵だとは誰もわからないだろう。
着替え終わると、お互いの姿を確認するようにリビングに集まってくる。
「その格好でも、お前の美貌は隠せないな」
「スヴェン様……」
目の前にやってきたスヴェンに顎を掴まれ、まじまじと見つめられた。
そう言う彼は見慣れない黒髪に瞳はガーネットのままで、怪しくも見る者を魅了する色香を纏っている。パリッとした黒の執事服も完璧に着こなしているスヴェンに、つい見惚れてしまった。
「はぁ、やはりお前を連れて行きたくないな」
何度もシェリーの頬を撫でながら、スヴェンは不満げにため息をつく。
このままではやっぱり置いていくとでも言いだしそうだったので、シェリーは少し強めに彼を説得することにした。
「そんなこと言っても、おいて行かれるのは嫌です。最後まで共に行こうと言ってくださったではありませんか」
「そうだったな、すまない。だがこれも、お前を愛するがゆえなのだ。だから許せ」
機嫌を取るように頬に口づけられて、シェリーは赤い顔をうつむける。その仕草すら愛おしいとばかりに、スヴェンに力強く抱きしめられた。
そこへ、呆れたようなウォンシャー公爵の声がかかる。