赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
二章 アルオスフィア城の奮闘劇


 アルファスのカヴァネスとして王城に赴く朝、シェリーはボストンバックを手に邸の門前で迎えの馬車を待っていた。

 これから四日間は学舎での授業がないため、お城に部屋を借りて泊りでアルファスのカヴァネスを務めることになっている。


 しばらくすると遠くから馬の嘶きが聞こえた。目を凝らすと二頭の馬がこちらに駆けてきており、やがて御者の綱さばきにより目の前で足を止める。


 窓枠や車輪に至るまで金で縁取られた真紅の立派な馬車には王家の紋章が描かれているのだが、この紋章のある馬車は王族や貴族だけでなく城の要人を乗せていることが多いために何人たりとも進行を妨げてはいけないとされている。


 絶家した令嬢である自分が、この馬車に乗るのだと思うと恐れ多くて仕方ない。
呆然と目の前の豪華な馬車を見つめて立ち尽くしていると、中からスヴェンが降りてきた。


「シェリー、待たせたか」

「いいえ、迎えに来てくださってありがとうございます」


 本当は三十分ほど前から、この門前で待っていた。

公爵にご足労をかけているだけでも申し訳ないというのに、自分が待ち合わせ時間に遅れては失礼だと思ったからだ。


「だが、少し手が冷えている」


 流れるような動作でスヴェンに左手を取られた。

 この国には他国のように季節というものがなく年中暖かいのだが、ここは森の中なので太陽の光が差し込まないぶん冷える。

 そんなことを考えていると、ふいうちで甲に唇を押し付けられた。


(なんだか、手慣れすぎていない?)


 女性の扱いに長けているというのは紳士としては褒められたものなのだろうが、シェリーからすれば節操がないように思えてしまう。

 まず挨拶から、なっていない。恭しい女性への挨拶としては甲に唇を寄せるだけが好ましく、実際に口づける者は少ないのだ。


「どうした、不満げだな」


 腰を折り、手を掴んだまま上目遣いに意地の悪い笑みを浮かべるスヴェン。その整いすぎている美しい顔から視線を逸らし、動揺が悟られないようにスッと手を引き抜く。


「失礼ながら、スヴェン様の挨拶は距離が近すぎます。もう少し節度を意識されたほうがよろしいかと」 


 あくまで冷静に、敬う口調は崩さずに間違いを指摘する。けれどスヴェンは気を害した様子もなく、楽しそうにクッと笑った。


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