赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「私のような者が、このようなことを言うのはおこがましいかもしれませんが……。愚痴をこぼしたくなったときは、いつでもお聞きしますから」
国を支えるスヴェンの悩みは一介のカヴァネスが解決できるものではないだろうから、相談に乗るとまでは言わない。
けれど、不安だとか、疲れただとか、そういった話を聞くことはできる。
「やはりお前は、いい女だな」
「もうっ、その調子なら大丈夫そうですね」
軽口が聞けて安心できたシェリーは、アルファスの背に手を当てて再び歩き出す。
その背中に、スヴェンが熱い眼差しを送っていたことなど知らずに。
夕食もアルファスと一緒にグレート・ホールで頂いたのだが、ふたりで食事をするには大きすぎる部屋と縦に永遠と長い机に圧倒されてやっぱり落ち着かなかった。
せっかくなのでテーブルマナーを教えつつ、食事を終えたシェリーは部屋に向かって廊下を歩く。
その途中で、ひとつの部屋の前に立つスヴェンの後姿を見つけた。
「スヴェ――」
声をかけようと口を開いたとき、中から出てきた女性と彼は抱き合う。
衝撃的な光景を目の当たりにしたシェリーは、言葉を飲み込んでとっさに柱の陰に身を隠した。
「スヴェン、私……怖いのよ」
そう言ったのは腰まである白銀の髪に、左右に分けられた前髪のおかげではっきりと姿を現すサファイアの宝石の瞳を持つ女性。その容姿には見覚えがあった。
(まさか、あの方は前王妃様?)
最近では滅多に公の場には出てこなくなってしまったので、その姿を見たのは実に一年ぶりだった。
「大丈夫です、この私が命に代えてもお守りします」
スヴェンの誠意が込められたその言葉に、なぜか胸がチクりと痛む。それがどうしてなのかはわからないけれど、これ以上抱き合うふたりを見ていたくないと思ったシェリーは足早にその場を立ち去る。
遠回りをして、自分に与えられた部屋の前までやってくると扉の前に一輪の青薔薇が落ちていた。
「どうして、こんなところに……」
不思議に思いながらも、その薔薇を手に取って部屋に入る。
「これは、ターンブルーね」
城の庭園に咲いているオンディーナにそっくりな青薔薇だが、花弁の尖り具合や芯の高さが違う。
誰が落としたのかはわからないけれど、捨てるのはかわいそうだ。
そう思ったシェリーはベッドの脇の重厚感ある天然木のサイドテーブルに近づいて、そこに置かれていた空の花瓶に薔薇を生けた。
さきほど、前王妃と抱き合っていたスヴェンの姿が瞼の裏にちらついて離れない。
この感情はまるで恋じゃないかと、そこまで考えて首を横に振る。
「そんなこと、あるわけないじゃない」
身分違いの恋などお伽話じゃあるまいし、したりしない。
そう自分に言い聞かせるようにしてベッドに潜り込むと、現実から目をそらすように固く瞼を閉じたのだった。