赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「今年も美しく、この庭を彩ってね」
大きく太い、丸みのある枝だけは残して剪定していく。この薔薇は母が残してくれた形見であり、ずっと守ってきた。
ハサミを手に次の薔薇へ近づこうと歩き出したとき、髪が後ろに引っ張られるのに気づいて振り返る。
「あっ、まただわ」
シェリーは薄桃色のアーモンドの花のようなウェーブがかった髪を青のリボンでひとつに束ねているのだが、腰まで伸びているためによく薔薇の棘に引っかけてしまうのだ。
この髪は母譲りで知性を感じさせるブルーゾイサイトの瞳は父譲りであるのだが、鏡で自分の容姿を見るたびにシェリーの心には切なさの影が落ちる。
こうして今はいない両親の姿を思い出し、寂しさに胸が締めつけられたときは決まってすることがあった。
それは、胸元の服の下に隠れているお守りに手でそっと触れること。
カヴァネスは裾の長い真黒なワンピースに白の付け襟を身に着けるのが一般的な服装で、今触れている胸元の布の下には絶家したローズ家の紋章とともに薔薇が彫られた首飾りがある。シェリーが父の形見として大事にしている物だ。
シェリーにとってこの庭園と首飾りだけが、両親の存在を感じられる唯一の宝物だった。
「夜になると、やっぱり森は冷えるわね」
腕をさすりながら、薔薇の手入れを終えたシェリーは邸の中へと入る。玄関すぐのところにあるのは吹き抜けの大広間。その中央には階段があり、踊り場の壁には初代ローズ家当主の肖像画が飾られている。
そして踊り場から左右に分かれた階段をさらに上がれば、広いリビングが一部屋にベッドルームが七部屋、使用人専用の部屋がある。
この家は両親が亡くなってから、広くなった気がする。
父と母が他界する三年前までは執事やメイド、薔薇の手入れをしてくれていた庭師、馬車の御者など多くの使用人がこの邸内を慌ただしく走り回っていたからだ。
けれど、当主を失ったローズ家は使用人を雇うだけの財がなく、家族のようにともに暮らしてきた彼らに暇を出すことを余儀なくされてしまった。
なので三年前から身の回りのことはすべてシェリー自身が行っている。
最初は手間取ったものの、優しい使用人たちが辞める前の置き土産だからと炊事、洗濯、掃除といった一通りの家事をシェリーに教えてくれたので、今は仕事をしながら不自由なく家事をこなすことができていた。