赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「明日は学舎もお休みだし、なにをしようかしら」
学舎を開いているのは週に三日だけだ。子供たちは庶民出身なので、家の仕事を手伝っている子がほとんどである。
幼いながら働き手でもある子供たちが何日も仕事を抜けるのは家に大きな負担がかかるので、個人の希望を聞きながら学ぶ環境を整えるのも教師として大事なことだとシェリーは考えていた。
(ああ、そうだわ。明日は子供たちに作るお菓子の材料を買おうかしら)
決して豪華なものではないけれど、授業中に焼いたクッキーやケーキを差し入れると子供たちは喜んでくれる。それがシェリーの楽しみでもあった。
自分の作ったお菓子で笑顔になる生徒たちの顔を想像しながら、夕飯とお風呂を済ませたシェリーは早々にベッドで眠りにつくのだった。
翌日、城下町のメインストリートは卸売り商人たちが開く市場で賑わっていた。
ここでは肉や魚、香辛料や薬種といった様々な食材が手に入る。シェリーはそこでマドレーヌを作るためのバター、卵、小麦粉を購入した。
市場の帰りに行きつけのパン屋に寄り、フランスパンを買うと食材の入った紙袋を抱えて辻馬車乗り場までの道のりを歩く。
やがて十字路に差し掛かったとき、左手から飛び出してきた小さな影が弾丸のようにシェリーにぶつかった。
「きゃっ」
シェリーの抱える紙袋の中にはマドレーヌに必要な材料が入っており、なんとしても守らなければと強く抱きしめる。
傾く体と迫る地面に固く目を閉じたシェリーだったが、瞬時に誰かの腕が腰に回り、重力に逆らって強く引き寄せられる。頬が硬いなにかにあたり、弾かれるように目を開けると顔を上げた。
「え……」
その瞬間、シェリーは息をのんだ。かき上げられた真紅の前髪はサラリと右頬に流され、美しいガーネットの瞳に少しだけかかっている。
「大丈夫か、怪我はないか」
耳元をくすぐるような低い声と、筋肉がほどよくついた体躯の男が自分を抱きとめてくれていた。
彼が身に着けている白の軍服には金の肩章に飾緒、左の肩からは赤の大綬と腕章がかかっている。
金糸に縁どられた袖章と同様のデザインが施された飾帯には柄の先端に薔薇のモチーフがあり、鍔にかけて茨が巻かれるような彫刻のある剣が差さっていた。
顔立ちも美術館に飾られる神々の彫刻のように美しく、思わず目を奪われてしまう。