赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「俺に見惚れるのは大いに構わないが、人目を引いているぞ」
「――あっ、そんなんじゃありませんから」
ハッと我に返ったシェリーは頬が熱くなるのを感じながら、目の前の男の胸を押し返す。
じっと見つめたりして、はしたない。男の言葉は図星を指していて、なるたけ平静に振る舞ったものの、羞恥に心臓がありえないくらい鼓動していた。
そんなシェリーの心を見透かしてか、男は片側の口角を引き上げてニヤリと笑う。
「そう照れるな、惚れられるのには慣れている」
慣れてるって、いくらなんでも自意識過剰すぎやしないだろうか。信じられないくらい自分に自信がある様子の彼に、シェリーはすぐさま否定する。
「惚れていませんので、勘違いしないでください」
ふいっと顔をそらせば、クッと喉の奥で笑う声が耳に届いた。不快に思ったシェリーは、咎めるような鋭い視線を彼へ向ける。
「どうやら、お嬢さんの機嫌を損ねたらしい。俺はスヴェン・セントファイフだ。名乗らない上に無粋にもあなたの本心を代弁したこと、許してはもらえないだろうか」
スッと流れるように自然な所作で胸に手を当て、恭しくお辞儀をする彼を驚愕の表情で凝視する。
先ほど燃えたぎっていた怒りなどすぐに沈下し、今は彼の正体に全身の血の気が引いていた。
(セントファイフ……ですって?)
その名は政治機関である議会を構成し、国政を動かす四公爵のひとり。騎士の名門、セントファイフ家のものと同じだ。
国の治安と軍事的権力を司るセントファイフ公爵家の現当主は二七歳になる見目麗しい殿方らしく、彼の持つ赤い髪色から戦場に咲く赤薔薇とも称されると聞く。
そして剣に刻まれたセントファイフの薔薇の家紋が、なにより目の前にいる人の身分を物語っており、シェリーは後ずさった。
「私、なんてご無礼を……」
声が震えて、恐怖のあまり頭を下げることすら忘れてしまう。国王に続く大公の次に発言権があるとされる公爵に盾突けば、問答無用で罰せられるだろう。
斬首刑、絞首刑、嫌な単語が脳裏を巡り、最悪の事態を想像して卒倒してしまいそうだった。
「その怯える顔もなかなか美しいが――」
そう言いかけたセントファイフ公爵の指が、シェリーの顎をすくうように持ち上げる。眼前に迫る美しい顔に心臓がドキンッと大きく跳ねた。
目を見張って無意識に息を止めると侯爵はフウーッと唇に息を吹きかけてきて、意地悪い笑みを口元にたたえた。