赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「まるで生娘のような反応だ。男の経験はなし……か」
「なっ――」
公爵様ともあろう人が、なんてことをおっしゃるのか。絶句して口をパクパクさせていると、セントファイフ公爵が楽しげにこちらを見つめてくる。
そのように凝視されると、居心地が悪い。自然と苦い顔になるシェリーに満足したのか、フッと笑って体を離してくれた。
ようやく離れた体温にホッと息をつき、恥ずかしさをごまかすように咳払いをする。
「セ、セントファイフ公爵様は――」
「スヴェンと呼べ。そっちはどうも仕事気分が抜けなくて疲れる」
言葉を遮られ、風のような速さで手を取られたと思ったら甲に口づけられる。
挨拶だとわかっていても、いつも子供たちばかり相手にしていたので男性慣れしていないのだ。瞬時に赤面するシェリーに「いじらしいな」と彼は笑った。
「ほら、スヴェンと呼んではくれないのか」
「っ……ですが……」
そうは言うけれど、自分のような庶民が恐れ多すぎる。かといって面と向かって断るのも失礼にあたるだろう。
困り果てていると、セントファイフ公爵はジリジリと距離を詰めてこようとする。
吐息を唇に吹きかけられたことや手の甲に口づけられたことが走馬灯のように脳裏によみがえり、耐えきれなくなったシェリーは意を決して「ス、スヴェン様!」と彼の名を呼んだ。
「あと一歩ってところだが、気長に待つことにしよう。それで、お前の名はなんという」
「私はシェリー・ローズです」
自己紹介に合わせて、軽くワンピースの裾をつまんでお辞儀する。その一連の動作をスヴエンは顎に手を当て、吟味するように眺めていた。
どうしてか、すごく見られている気がする。
向けられる視線をむずがゆく思っていると、彼は「ほう」と関心したふうにつぶやいた。
ますます意味が分からないシェリーは高貴な相手にも関わらず、眉間にしわを寄せて首を傾げてしまう。
「庶民にしては動きが洗練されている。どこかで教養を学んだのか? いや、その服装からするに、お前はカヴァネスか」
質問しておきながら、スヴェンは勝手に解決してしまう。
シェリーが「はい」とそれだけ答えると、彼の目が怪しく光った気がして胸がざわついた。なんとなく嫌な予感がして、早々にその場を立ち去ろうとしたのだが――。
「おい、お前!」
背後から突然、男の子の声が聞こえた。
振り返ろうとしたら、背中に鈍い衝撃が走って前に倒れこみそうになる。