赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「大丈夫か、シェリー」
とっさにスヴェンが片手で引き寄せてくれたおかげで、転倒は免れたらしい。
助けてくれたことに不覚にもときめいてしまったシェリーの心臓は、壊れてしまいそうなほど脈打っていた。
動揺を顔に出さないよう努めながら心の中で慌てふためいていると、スヴェンは「アルファス様」と厳しい目をシェリーの背後に向ける。
(アルファス、どこかで聞いたことある気が……)
そう思って、スヴェンの腕の中で体の向きを変える。
そこにいたのは、赤いジェストコールと呼ばれる上衣と花輪柄のジレと呼ばれる袖のない胴着を重ね着し、白の詰め襟に丈の短いキュロットを履いた少年だった。
なにより目を引くのは白銀の髪と碧眼。その澄んだ眼差しがこちらに向けられると、どこか神々しさを感じさせる彼の口から信じられない言葉が飛び出す。
「この僕にぶつかっておいて、謝罪もなしか! 愚か者!」
子供の口から出たとは思えない……いや、信じたくない毒舌ぶりにシェリーは目を剥いて言葉を失う。
「ぶつかったのはアルファス様でしょう。ミス・シェリーに謝罪なさってください」
呆れ混じりに男の子を論すスヴェン。十字路でぶつかった弾丸の正体は、どうやら彼だったらしい。あまりにも早く背丈も低いために、シェリーの視界には黒い塊のように映っていた。
それがまさか子供だったなんて想像もつかなかったな、と考えているとスヴェンに注意されたアルファスと呼ばれた少年はフンッと鼻で笑い、腕組みをしてふんぞり返る。
「断る! なぜ僕が低級の者に頭を下げなければならないのだ」
そう言ったアルファスと目が合うと、ふいっと顔をそむけられてしまう。
公爵家のスヴェンに敬語を使わせるなんて、男の子は同等かそれ以上の地位についている方のご子息ということだろうか。
ふたりのやり取りを見守りながら、少年の身なりを確認すると胸元にアルオスフィア王国の紋章が刻まれたブローチが飾られている。
そのブローチの紋章とアルファスという名前に、シェリーの思考はようやく繋がった。
「まさか、あなた様は……」
アルファスという名前は、王位を継ぐ前のギュンターフォード二世の幼名だ。
(ということは、目の前のこのお方はまごうことなき――国王陛下!)
公爵と国王陛下に挟まれるという今まで経験したことのない状況に、目眩を覚える。
このふたりの機嫌を損ねれば、シェリーの命など蟻を踏むのと同じくらい簡単に奪われてしまうのだ。