赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「なぜこのようなところに、ギュンターフォ……」
言いかけたシェリーの言葉は、後ろから伸びてきた手によって塞がれる。顔だけで振り向けば、スヴェンが唇に人差し指をあてていた。
「アルファス様のお披露目は、まだされていない。だから、その名を口にはするな」
その声色は優しくもあり、皇帝以外の返事を受け付けないという威圧も含んでいた。
シェリーがコクコクとうなずくと無骨で男らしい手が口元から離れていき、ほっと息をつく。
「怖がらせてすまないな」
ふいに頭を撫でられて、シェリーの心臓がトクンッと小さな音を鳴らした。
「あ、いえ……」
強引ではあるけれど、優しい方なのかもしれない。
騎士公爵として男らしくレディーファーストを自然にできるスヴェンは、社交界でさぞかしご令嬢の心を射止めているに違いない。
それはシェリーも例外ではなく、容姿や内面に至るまで完璧な彼に心が勝手に惹かれてしまうのを感じていた。
とはいえ、相手は自分より遥かに高貴なお方。本来であれば言葉を交わすことすら許されないのだ。
それを一目ぼれと認めてしまうのは恐ろしすぎて、憧れと混同しているだけだと自分に言い聞かせる。
シェリーが自分の心と葛藤している頃、スヴェンの説教とアルファスの反抗する声が苛立ちとともに大きくなり、行き交う町人の視線を集め始めていた。
それに気づいたシェリーはふたりに小さく声をかける。
「もう少し声を抑えたほうがよろしいかと……」
しかし、白熱していてこちらを見向きもしない。
カヴァネスの血が騒いだシェリーは無言で拳を握りしめ、肩幅に足を開く。大きく息を吸い込んでお腹の底にためると、キッとふたりを見据えた。そして――。
「いい加減になさい! ここは道の往来です。人様の迷惑になりますよ!」
普段子供たちにするみたいに、つい声を張り上げてしまうシェリーをふたりは目を丸くして見つめた。
やってしまったとは思いつつ、ここで否定すれば自分の教師道に背くことになるので、先ほどより声量を落としてもう一度告げる。
「おふたりとも、ここで立ち話もなんですから……。狭いですが、私の家にいらしてください」
有無を聞かずに、辻馬車乗り場の方へと歩き出す。
その後ろで顔を見合わせたスヴェンとアルファスは、シェリーの気迫に押されるまま着いていくのだった。