赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「いい匂いがするな」
かまどに入れたパンを気にしつつ、焼いたウインナーやベーコンを卵の横に並べていると、うしろから声をかけられた。
振り返ると、白の麻のブラウスにトラウザーズという綿素材のベージュの下衣を着たスヴェンの姿があった。
これらはクローゼットの肥やしになっていた父の服だったのだが、サイズは合っているようだ。
いつもの軍服とは違って軽装をしているスヴェンは穏やかな表情で微笑んでおり、強引で余裕を崩さない騎士の素顔が見れたような気がして胸がときめいた。
「お、おはようございます。スヴェン様」
「あぁ、おはよう」
起きぬけの気怠さを残したような声や右頬に流されている前髪を鬱陶しそうに払う仕草。彼の些細な動きに現れる色気に、シェリーの心臓は騒ぎ出す。
「食事は俺が運ぼう……って、聞いているか?」
「え、あっ、はい」
とっさに気のない返事をしてしまう。
正直に言うと、スヴェンがなんて言ったのか聞いていなかったので、追及されたらどうしようかと目を伏せていると、ふいに目の前が陰った。
顔を上げようとした瞬間に顎を摘まれて、上向かせられる。
「なんだ、俺に見惚れていたのか?」
「え、あの……」
そうです、だなんて言えるわけがないのに意地悪な質問だ。
彼は期待に満ちた目で見つめてくる。
どうやら、答えるまで離す気はないようだ。じわじわと頬が熱を持ち始め、シェリーは眉尻を下げると思い切って告げた。
「そう……です」
恥ずかしさから目を潤ませてぼそりと伝えると、スヴェンの瞳に欲望の炎が揺らめくのが見える。
「愛らしい女だ」
脳髄まで蕩けてしまいそうな囁きとともに、掠めるような口づけをされる。
想いは通じ合っているけれど、ここ数日は怪我をしたり城から逃亡したりと慌ただしかったため、スヴェンとは口づけ以上の触れ合いをしていない。
いくら無知とはいえど、恋人になれば体も手に入れたいと思うものではないのだろうか。
二十四年間生きてきて恋愛など一度もしたことがないため、どの時機で先に進めばいいのかがわからないでいた。