赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「どうした?」
じっと見つめていると、スヴェンの目が瞬く。急に黙り込んだシェリーを不思議に思ったのだろう。
「い、いいえ……。ここはいいので、アルファス様を起こしてきてもらえますか?」
公爵である彼に頼み事など無礼極まりないが、食事の支度をさせるわけにもいかない。なにより、今は顔の火照りをひとりになって静めたかった。
様子のおかしいシェリーに「わかった」とは言いつつ、何度も振り返りながら二階の寝室へ向かうスヴェン。その背中を見送って、大きく息を吐きだす。
あの宝石のように煌く瞳に見つめられると、身動きがとれなくなる。もちろん嫌というわけではなく、むしろ底なし沼にはまるように彼に溺れてしまいそうで恐ろしいのだ。
カヴァネスとして知識だけは蓄えてきたつもりだったのだけれど、恋人との付き合い方なんて、どんな本にも書いてない。
リビングのテーブルに皿を並べながら、シェリーはこっそりため息をつくのだった。
それは、朝食を初めて数十分後の出来事だった。
テーブルを挟んで向かいの椅子に座るスヴェンとアルファスが、ひと言も言葉を発さないのだ。先ほどから、葬式のように沈黙が続いている。
こうなる原因には思い当たる節があった。
つい昨日、王位などいらないと口にしたアルファスをそんなことを軽々しく口にするなとスヴェンが叱ったからだろう。
お互いが信頼し合っているのは確かなのだが、似た者同士ゆえに自分から謝れないプライドの高さが今の状況を引き起こしている。
(まったく、早く謝ったらいいのに)
アルファスのいった言葉は、単に弱音で本心ではない。それがわかっていても側近として譲れないものがあるのだろう。
この喧嘩は長引きそうだと思いながら、シェリーは「あの……」と切り出す。
ふたりの威圧感がこもった視線を一身に受け止めながら、ハンスから聞いた城の状況を報告した。
「やはり、お前のことも巻き込んでしまったな。授業もあったのだろうに、すまない」
申し訳なさそうな顔をするスヴェンにシェリーは首を横に振ると、にっこり笑う。
「私が望んでふたりと歩むことを選んだのです。それに大公殿下の悪事をこのままほっておくことはできませんから」
「お前はときどき、勇ましいな。騎士である俺でさえ、敵わないと思わされる」
「それは褒め言葉として受け取ってもよろしいのでしょうか……」
素直に喜びにくく、シェリーは苦笑いする。
その間もアルファスは黙ったままで、先に食事を終えたスヴェンは「調べたいことがある」と言って席を立つと邸を出て行ってしまった。
リビングに残されたシェリーたちはふたりで朝食をとる。そのときはアルファスも話してくれたのだが、どこか気もそぞろで心配になった。