赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「大したおもてなしもできずに、申し訳ありません」
トレイに乗せたダージリンティーと焼き菓子のクッキーをソファーに座るふたりの前に出すと、アルファスの目がキラキラと輝いたことに気づいた。
どうやら国王は甘いものが好きなようで、シェリーの口元にも笑みが浮かぶ。
「買ったもので申し訳ありません。明日であれば、マドレーヌを焼いたのですが……」
トレイをテーブルの端に置いて、向かいに座ると軽く頭を下げた。それを聞いたアルファスは、クッキーに注いでいた熱心な視線をシェリーへ向ける。
「お前は、自分でお菓子を作るのか?」
「えぇ、そうですよ」
「使用人もいないようだが、この紅茶もお前が入れたのか?」
「はい、お気に召しませんか?」
シェリーの質問には答えず、アルファスは揺れる紅茶の水面に視線を注いでいる。その顔は思案しているようにも見えて、口を挟むのがためらわれた。
しばらく沈黙が続き、見かねたスヴェンが気遣うようにシェリーを見る。
「色も香りも完璧だな」
空気を和らげようと気遣ってくれたのだろう。シェリーは頬を緩め、自身のカップを持ち上げると縁を指先でなぞる。
「紅茶の魅力は色と香りだそうです。それを引き出すのは茶葉の蒸らす時間、使う湯の温度、色が映えるカップの選択。他にも色々ありますが、提供されるまでに多くの工夫がなされているのです」
カヴァネスとして働きだす前、身の回りのことをなにひとつできなかったシェリーに紅茶の入れたかを教えてくれたのは、ローズ家に長年仕えてくれた年配の執事だった。
そのときのことを思い出して、切なくも懐かしい気持ちになる。
「お前は物知りなんだな」
尊敬の眼差しで見つめてくるアルファスに、「カヴァネスですので」と冗談を込めて笑みを返す。
先ほどシェリーを罵った少年とは思えないほど、純真な瞳がそこにはあった。
「今はこの邸を学舎にして庶民の生徒たちを招き、教師として働いております」
今度はアルファスだけでなく、隣に座るスヴェンも「庶民が?」と驚きの声を漏らした。
ふたりの反応に、庶民が学ぶことに関して理解が浅いのだと思い知らされる。
身分の高い貴族以外の人間が教養を身に着けてどうするのか。そんな顔をしている彼らに、説得するような気持ちで続けた。
「庶民出身でも商家として成功し、公爵位を与えられたウォンシャー公爵のように出自関係なしに活躍できる時代が必ず来ます。そのときに必要なのは教養や知識です。それらは、未来を勝ち取るための武器となりましょう」
少なくとも自分の教え子たちには、輝かしい未来を掴み取ってほしい。そのために、ありったけの情熱を注いで向き合っているつもりだ。