赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「甘い香りがするな」
窯の温度を確認していると、リビングの扉が開いてスヴェンが帰ってくる。
隣にいるアルファスは顔を合わせずらいのだろう。とっさに俯いて、レモンの皮を凝視していた。
「スヴェン様、お帰りなさい」
エプロンで手の水けを軽くふき取り、上着を脱ぐスヴェンの側に駆け寄る。
見た感じ怪我はしていなそうだが、急に調べたいことがあると言って邸を出て行ったので気がかりだったのだ。
彼から上着を受け取り、リビングの端にあるポールハンガーにかけていると、スヴェンがふっと笑う。
シェリーが振り返って首をかしげると、スヴェンが側にやってきて頭に手を乗せてきた。
「こういうの、いいな。結婚したら、お前が毎日お帰りと言って上着を受け取ってくれる。そんな幸せが思い描けたぞ」
「け、結婚ですか?」
まさか、スヴェンがそこまで考えていてくれてたとは思わなかったので、驚きに目を瞬かせる。
次第にじわじわと喜びがこみ上げてきて、顔がだらしなく緩んでしまうのを止められなかった。
「もろもろ片付いたらな」
「は、はい……」
プロポーズまがいの発言に頬を赤らめていると、視界に黙々とレモンの皮を刻んでいるアルファスの姿が映る。
こんなことをしている場合じゃないと、シェリーはスヴェンの手を取って厨房に連れていく。
「シェリー、どういうつもりだ?」
「忙しいでしょうが、今だけは一緒にマドレーヌを作りましょう」
シェリーは問答無用で彼に手洗いをさせると、アルファスの隣に立たせた。
「レモンの皮、アルファス様と一緒に切ってください。刃物の扱いなら、騎士の手にかかればお手の物でしょう?」
「シェリー、それは刃物違いだと思うがな」
頬を掻きながら、スヴェンは嫌とは言わずに皮を切りはじめる。その隣でアルファスが体を固くしているのがわかった。
なんとかして空気を和らげなくてはと、棚から蜂蜜の入った瓶を取り出しながら言う。