赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「このレモンの皮と蜂蜜を入れたマドレーヌは、よく亡くなった母が作ってくれたものなのです」
ふたりは静かに耳を傾けてくれている。
シェリーは黄金色の蜂蜜を見つめながら、幼いころの記憶を蘇らせていた。
「父は仕事から帰ってくると、信じられないことにレモンを丸かじりするんです。幼いながらに衝撃的で、真似したら顔がこんなふうになりました」
唇をうんと突き出して頬をすぼめると、ふたりが吹き出す。
あのときのレモンの味を思い出しただけで、口内が酸っぱくなった気がした。
「アルファス様と同い歳くらいのときに、父と大喧嘩をしてしまったことがあって、母が仲直りできるように父の好きなレモンの皮と私の大好物の蜂蜜を混ぜたマドレーヌを作ってくれたんです」
マドレーヌを食べるたびに思い出す記憶は、胸を温かくさせる。
もし今も両親が健在ならば、こうして一緒にマドレーヌを作りたかったなと少しだけ切なくなった。
「シェリーの思い出の味か」
なにかを察してか、スヴェンはそう言って調理台の上に置いていたシェリーの手の甲に自分の手を重ねる。
なにも言わなくとも心に寄り添ってくれる彼が、ますます愛おしくおもった。
「はい。おふたりにもありますか?」
「俺にはこれといってないが……。アルファス様はよく、アリシア様とローズティーを飲んでいたな」
自然にスヴェンに声をかけられたアルファスは一瞬ビクリと肩を震わせたが、視線をレモンの皮に向けたまま話し出す。
「あれは母様が入れる紅茶だからだ。別にローズティーだから、というわけではない」
アルファスにとって大事なのは、物ではなく母の思いだったのだろう。だからローズティーでなくとも、母からの貰うものはうれしいのだ。
素直に甘えるのが不得意な彼がどんな気持ちで前王妃との茶会を過ごしていたのかを知って、シェリーの胸も温かくなった。
「アルファス様は、お母様想いのでお優しいのですね」
そう声をかけると、赤い顔を見られたくなかったのか横を向いてしまった。
これは期限が戻るまでにしばらくかかるな、と踏んでいたシェリーだったが、次のアルファスの言葉に目を開く。