言い訳~blanc noir~
 玄関の扉が閉まる瞬間、ちらっと見えた沙織の姿。


 優しげな眼差しで微笑み、胸のあたりで小さく手を振っていた。


 日頃は気にする事なく扉を閉めてしまうのに、この日の朝は沙織の姿をしっかりと瞳におさめていた。



 どうしてこの日、休みじゃなかったのだろうか。

 どうしてこの日、車の鍵を置き忘れてしまったのだろうか。

 どうしてこの日、「今日は仕事休んで遊びにでも行こうか」と思わなかったのだろうか。


 どうしてこの日。


―――俺は仕事に出掛けたのだろうか。


 いつもとは違う何かが単なる偶然だったのか、それとも、見えない何かが「行くな」と、和樹を引き留めていたのか今となっては何もわからない。



―――これがこの目で見る沙織の最期の笑顔になるとは思いもしなかった。
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