言い訳~blanc noir~
 親しくしていた同僚が数名、転勤により異動、そして、他の支店から新しく行員がやって来た。

 直属の上司であった佐原係長が課長代理になるという人事交付があり、そして和樹は係長に昇進した。


「椎名さん凄い! 20代で係長なんて出世頭じゃないですか!」


 堀田や古賀、他の連中がまるで祭りが開催されたかのように大騒ぎしていた。


「20代って言ってもあと数ヶ月で30になるし」


 謙遜してみせたが、主任から係長に昇進すると内示を受けたときはさすがに驚いてしまった。

 マンションを購入し、6月に結婚を控え、まさかの昇進。

 全てが順風満帆だった。


 喫煙所に向かい、誰もいない事を確認すると和樹は沙織に電話報告した。


「―――正式に係長になりました」


 少し畏まった口調で沙織に伝えると「きゃあ!!」と電話越しに耳をつんざくほど大きく、明るい声が響いた。


「凄いです!! 凄いです!! おめでとうございます、ご主人様!!」


「ありがとう」


「今夜はお祝いしましょうね! 何が食べたいですか?」


「んー。なんだろう?」


「寒いからすき焼きでもしましょうか?」


「そうだね。すき焼きがいいな」


「じゃあ。今夜は早く帰って来てくださいねっ」


「うん」


「係長の奥さんかぁ」


「そうだよ。沙織は係長夫人だね」


 和樹が笑うと喫煙所の扉が開き、佐原が入って来た。さすがに上司の前で惚気ながら話を続ける勇気も度胸もない。


「ごめん。また後で電話するよ」


「はーい! ご主人様、お仕事頑張ってくださいね」


「うん、ありがとう」


 慌てて電話を切り、携帯をスーツの内ポケットにしまう。と、煙草を咥えた佐原が「邪魔したようだな」と苦笑した。

 どうやら会話の一部を聞かれていたらしい。
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