言い訳~blanc noir~
 病院に駆け込むと待機していた看護師から処置室近くの待合所に案内された。

 油断すると意識が遠のきそうになる中、佐原が何度も「大丈夫だ」と和樹に声を掛けていた。

 しかし、看護師が慌ただしく処置室を出入りする姿が目に飛び込み、それがただならぬ状況である事くらい容易に想像できる。


「椎名、警察の方がお見えになったようだから俺が行って来る。すぐに戻るからここで待ってろ。いいな?」


 佐原が立ち上がると和樹の肩に手を置き待合所を出て行った。

 時間の感覚がわからない。佐原が出て行ったのが何時間も前の事のように感じる。

 四方を白い壁で覆われた待合所の中はまるで時空が歪んでいるようだった。

 視線を処置室に向けるたびに景色がぐらりと歪む。まるで水の中で目を開けているような、夢の中の出来事を遠くから眺めているような錯覚に陥る。

 無機質な白い箱の中にたった一人で閉じ込められているかのような圧迫感が和樹を襲う。

 激しい動悸。息苦しさを感じるのに、呼吸ができない。


 すると処置室の扉が開き中から白衣姿の医者が現れる。


 窓ガラスの向こうで医者が神妙な面持ちで首を横に振ると、佐原が手のひらで顔を覆い力なく肩を落とした。

 それが何を意味しているかくらい嫌でもわかる。頭ではわかっているくせに和樹の全てがそれを否定する。


「椎名っ!!」


 気が付くと待合所を飛び出していた。背後から佐原に腕を掴まれたが強引にその手を振り切り処置室の中に飛び込んだ。


―――沙織、大丈夫なんだろ?

―――本当は何ともないんだろ?

「びっくりしましたか?」って笑いながらおどけてみせるんだろ?



「―――沙織?」
< 108 / 200 >

この作品をシェア

pagetop