言い訳~blanc noir~
 その後の記憶はとても曖昧にしか覚えていない。

 沙織の手に触れたくてシーツをめくると手にも包帯が巻きつけられていた。髪の毛と足以外は包帯が巻かれ、その足も不自然な方向に足首が向いていた。


 信じられなかった。

 自分の目に映る人の形をした物体を沙織だと言われてもそんな事信じたくもなかった。

 どれだけ沙織の名前を呼んでも、どれだけ沙織の髪を撫でても、ぴくりともせず、まるで壊れた人形のようにしか見えなかった。

 映画のワンシーンのように奇跡的に息を吹き返す事もなければ、涙を誘うような最期の言葉もない。


 今朝、笑顔を見せてくれた沙織が、昼過ぎにはしゃいだ声を聞かせてくれた沙織が。


 もうこの世にはいない。



「一人にしないでってあれだけ言ってたくせに……何で一人でどこかに行くんだよ……。俺に長生きしろってあれだけ言ってたくせに……何で沙織は俺を残してどこかに行くんだよ。マンションどうするんだよ……結婚式どうするんだよ……クロはどうするんだよ!!」


 シーツにぽたり、ぽたり、ぽたり、と涙が零れ落ち、シミを広げてゆく。


 奇跡は起こらなかった。


 どれだけ名前を呼んでも、触れても、揺さぶっても、


 沙織は無言のまま、ただ静かに眠っていた―――
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