言い訳~blanc noir~
沙織は内臓破裂による即死だった。
以前面接で落とされた丸和銀行前のケーキ屋でケーキを購入し、横断歩道を渡っていた沙織に大型トラックが突っ込み、タイヤに巻き込まれた、と後で佐原と北署の石田から聞かされた。
沙織が手にしていた箱からケーキが飛び出し“おめでとうございます”と描かれたクッキーが歩道に落ちていたそうだ。
昇進祝いをしようとケーキを購入したのだろう。
それが余計に和樹の胸を締め付けた。
1階の窓口にいた行員や利用客がその事故を目撃していたが、それが沙織であるとは誰も気付かず、すぐに救急車や警察が駆けつけ、辺りは一時騒然としていたらしい。
まさに会議の真っ最中だった。
思えば会議中、救急車とパトカーのサイレンが忙しなく鳴っていたのをぼんやりと覚えている。しかし日常的にそんな事は多々あるせいか気にも留めていなかった。
―――沙織が事故に巻き込まれた瞬間、俺は目の前の銀行内にいた。
もしあの時、それが沙織だとわかっていればすぐに駆けつける事も出来た。
例えそれが即死であったとしても。
せめて……
せめて寂しがり屋の沙織の傍にいてあげたかった。
しかしどれだけ後悔の念に苛まれようが、感傷に浸っていようが、その後は慌ただしく時が過ぎた。
警察との話、医者との話、加害者の男から謝罪を受け、そして、今まで考えた事すらなかったが葬儀場の手配。
何をどうしたらいいかすらわからず、佐原を始めとする上司や同僚、そして実家の両親が動いてくれた。葬儀場に泊まり込む事になり、家に帰る時間もないほど慌ただしかった。
そんな中、古賀と堀田がクロの面倒をみてくれていた。
そしてようやく3日ぶりに帰宅すると和樹の足元にクロが擦り寄ってきた。
「椎名さん……大丈夫ですか?」
堀田と古賀が和樹の部屋で待っていてくれた。
「ああ。迷惑かけたね。ありがとう」
「椎名さん、良かったら食事の用意しますけど……」
古賀にそう言われたが、何も口にしたくない。胃がやられているのか、吐き気に似た不快感がずっと続いていた。
「いや、大丈夫だよ」
「ここ数日何も食べてないでしょ? 何か一口でも……」
古賀が心配そうに和樹の顔を窺う。
「本当に大丈夫だから。それよりクロの事みててくれてありがとう」
無言のまま古賀が首を横に振った。
「しばらく休みをもらうよ。迷惑かけるけどよろしくお願いします」
「仕事なら心配しないでください。僕が出来る事は何でもしますから」
「しばらく堀田に任せるよ。ごめんな」
白い布で包まれた骨壺を胸に抱え、ベッド横のチェストの上に置いた。
「沙織ごめんね。ちょっとだけここで我慢して」
和樹が骨壺に話しかけると堀田が鼻をすすり始め、涙を流しながら口を開いた。
「……椎名さん、沙織さんとゆっくりされてください」
「ありがとう」
和樹が寂しげに笑う。
そして古賀と堀田が部屋を後にすると、驚くほどに冷え切った空気を感じた。
以前面接で落とされた丸和銀行前のケーキ屋でケーキを購入し、横断歩道を渡っていた沙織に大型トラックが突っ込み、タイヤに巻き込まれた、と後で佐原と北署の石田から聞かされた。
沙織が手にしていた箱からケーキが飛び出し“おめでとうございます”と描かれたクッキーが歩道に落ちていたそうだ。
昇進祝いをしようとケーキを購入したのだろう。
それが余計に和樹の胸を締め付けた。
1階の窓口にいた行員や利用客がその事故を目撃していたが、それが沙織であるとは誰も気付かず、すぐに救急車や警察が駆けつけ、辺りは一時騒然としていたらしい。
まさに会議の真っ最中だった。
思えば会議中、救急車とパトカーのサイレンが忙しなく鳴っていたのをぼんやりと覚えている。しかし日常的にそんな事は多々あるせいか気にも留めていなかった。
―――沙織が事故に巻き込まれた瞬間、俺は目の前の銀行内にいた。
もしあの時、それが沙織だとわかっていればすぐに駆けつける事も出来た。
例えそれが即死であったとしても。
せめて……
せめて寂しがり屋の沙織の傍にいてあげたかった。
しかしどれだけ後悔の念に苛まれようが、感傷に浸っていようが、その後は慌ただしく時が過ぎた。
警察との話、医者との話、加害者の男から謝罪を受け、そして、今まで考えた事すらなかったが葬儀場の手配。
何をどうしたらいいかすらわからず、佐原を始めとする上司や同僚、そして実家の両親が動いてくれた。葬儀場に泊まり込む事になり、家に帰る時間もないほど慌ただしかった。
そんな中、古賀と堀田がクロの面倒をみてくれていた。
そしてようやく3日ぶりに帰宅すると和樹の足元にクロが擦り寄ってきた。
「椎名さん……大丈夫ですか?」
堀田と古賀が和樹の部屋で待っていてくれた。
「ああ。迷惑かけたね。ありがとう」
「椎名さん、良かったら食事の用意しますけど……」
古賀にそう言われたが、何も口にしたくない。胃がやられているのか、吐き気に似た不快感がずっと続いていた。
「いや、大丈夫だよ」
「ここ数日何も食べてないでしょ? 何か一口でも……」
古賀が心配そうに和樹の顔を窺う。
「本当に大丈夫だから。それよりクロの事みててくれてありがとう」
無言のまま古賀が首を横に振った。
「しばらく休みをもらうよ。迷惑かけるけどよろしくお願いします」
「仕事なら心配しないでください。僕が出来る事は何でもしますから」
「しばらく堀田に任せるよ。ごめんな」
白い布で包まれた骨壺を胸に抱え、ベッド横のチェストの上に置いた。
「沙織ごめんね。ちょっとだけここで我慢して」
和樹が骨壺に話しかけると堀田が鼻をすすり始め、涙を流しながら口を開いた。
「……椎名さん、沙織さんとゆっくりされてください」
「ありがとう」
和樹が寂しげに笑う。
そして古賀と堀田が部屋を後にすると、驚くほどに冷え切った空気を感じた。