言い訳～blanc noir～
―――古賀夏海（こが　なつみ）、２７歳。


　日頃は「古賀さん」としか呼んだ事がなかったせいか、下の名前を聞かされてもぴんとこない。


　和樹にとっては「ああ、そう言えば夏海という名前だったな」という程度だ。

　本人曰く、その名前が平凡過ぎてあまり好きではないそうだ。

　幼少の頃から「なっちゃん」というありきたりなニックネームで呼ばれ、銀行内でも夏海を「なっちゃん」と呼ぶ連中が多い。

　由来は８月の暑い夏の日に生まれ、両親共に“海が好きだから”という理由でその名前になったそうだ。

　銀行内での夏海の評価は悪くはない。むしろ良いほうだろう。

　仕事に関しては特に目立ったミスもなく、さっぱりとした明朗な性格のためそれなりに人間関係もうまくいっている。

　面倒見のいい性格から後輩にも慕われているようだ。

　数年前、ＩＴ企業に勤務する同い年の男と付き合っていると言っていたが、どうやらその男とは２年前に別れ、現在はフリーだと先日喫煙室で聞かされたばかりだ。

　それだけではない。

「椎名さんの事が好きでした」とその思いを告げられたのはつい先日の話だった。

　しかし沙織との結婚を目前に控え、今更そのような思いを告げられたところで応える気もなく、同じ銀行に勤務しているため関係が気まずくなる事だけは避けたかった。

　だが夏海はあっけらかんとした態度を崩す事なく、まるでそんな話はなかったかのように今までと変わらずに接してくれていた。
< 118 / 200 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop