言い訳~blanc noir~
「沙織。今日は古賀さんと出掛けて来たんだ。映画を観てきたよ」

 黒猫が描かれたカップにいれたばかりのアールグレイを遺影の前に置いた。

 小さな仏壇の前に腰をおろし、お揃いのカップに満たされたアールグレイを口にする。


 ここのところほぼ毎日のように夏海と会っていた。

「大丈夫だから」と何度か断ったが夏海は「気にしないでください」と言い、いつも仕事帰りに自宅で弁当を作り和樹のマンションまで届けてくれた。

 正直に言うと休んでいる間の仕事が気になる。上司や同僚とは電話で何度かやり取りをしていたが、和樹を気遣ってか「心配するな」としか言われなかった。

 夏海の弁当を食べながら仕事の話を聞いたり、新人がどんな人物であるか、情報を聞いているときだけは苦しさから解放されていた。

 職場復帰は3日後のゴールデンウィーク明けだ。

 そろそろ気持ちを切り替えなければならない。

 しかし、夏海と頻繁に会う事にどこか後ろめたさのようなものを感じていた。

 大型連休に入り、特に予定がないという夏海は朝から和樹の元にやって来た。

「気分転換しなくちゃ」と夏海に言われると確かにそうだと思ってしまう。

 夏海の弁当のおかげか、5キロ近く落ちていた体重が少しずつ元に戻ろうとしていた。

 そして今日は夏海がどうしても観たいアクション映画があると言い出し、それに付き合うような形で映画館に行って来た。

 その映画はハリウッド映画にありがちな爆発シーンが目立つものだったが、何も考える事なくぼーっと鑑賞するには都合が良かった。

 しかし夏海と別れ、帰宅した直後からなぜか自分が沙織を裏切ったかのような後味の悪さと後ろめたさを感じてしまった。

 まるで沙織の機嫌を窺うかのように、大好きだったアールグレイを淹れた。


「これ、浮気になるのかな」


 和樹が呟くように話し掛けたが写真の沙織はウェディングドレス姿で笑っているだけだった。

 思えば沙織から嫉妬らしい嫉妬はされた事がなかった。
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