言い訳~blanc noir~
 部屋から沙織の遺骨がなくなってしまうと本当に沙織がいなくなったようで寂しさが込み上げる。

 そんな話を僧侶にしたところ、

「沙織さんは旅に出たようなものです。ちょっとお先にあちらの世界に逝かれただけの事。嫌でもまたすぐに会えますよ」

 鷹揚に和樹の胸の裡を受け止めてもらえた。それが慰めの言葉だとわかっていても堪え切れずに涙が溢れてしまった。


 もう沙織がいなくなって49日も経つのか。

 沙織、寂しくないか? そっちの世界ってどういうところなんだろうな。

 次に生まれ変わってくるときは俺より長生きして欲しい。

「約束だよ」

 沙織の遺影に話し掛けた。


 その晩、夢の中に沙織が現れた。

 以前暮らしていたマンションのキッチン。そこに沙織が立ち食事の準備をしていた。鼻歌を口ずさむ沙織が「あ」と和樹を振り返る。

「ご主人様。マヨネーズなくなっちゃったから私買って来ます」

「俺が買って来るよ」

「ううん。クロとゆっくりしててください」


―――だめだ、沙織。出て行っちゃだめだ。


「沙織、行かないでくれ、お願いだから」

 沙織は優しげな眼差しを浮かべふわりと笑った。


「すぐに戻りますから」



 そこではっと目が覚めた。


「沙織……」


 広いダブルベッド。足元ではクロが眠っていた。真っ暗な寝室、微かに沙織がいた気配を感じた。

 きっと気のせいだろう。そう頭でわかっていてもそこに沙織がいた、そう信じたい。


「会いに来てくれたのか?」

 和樹の声が静かに響く。


「沙織。こっちにおいで。一緒に寝よう」


 そのまま目を閉じると涙が頬をつたった。しかし沙織に抱かれているかのような優しい温もりを肌に感じた。


「すぐに戻りますから」


 沙織のその言葉がずっと耳の奥に残っていた。
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