言い訳~blanc noir~
 翌日、仕事で外回りをしていたところ、正午過ぎに夏海から「話がある」と電話が掛かってきた。


「話ってなに?」

「話というよりは相談です。内容は色々あるけど、でも一番は仕事のことかな? 私もしかすると丸和銀行を辞める事になるかもなので」

 突然の話に驚いてしまった。

「辞めるかもって古賀さんが?」

「だから、そういう諸々のご相談なんです。今日時間つくってもらえませんか?」

「わかった。7時くらいでいい?」

「はい」

 そして午後7時に銀行近くのカフェレストランで夏海と待ち合わせる事になった。



 フランスの隠れ家をコンセプトに建てられたというそのカフェレストランは店名も“cachette”フランス語で隠れ家だそうだ。

 大通りから一本裏路地に入り込んだその場所は人通りも少なくゆったりとした空気感が心地良く、昼間は若い女性客で賑わっている。

 沙織と何度か訪れた事があり、沙織はその店のじゃがいものガレットが大好きだった。

 いつも2階の窓際の席に座り、通りを見下ろしながら無邪気にガレットを頬張る沙織の姿を思い出す。

 出来れば沙織と行った事のある店は避けたかったがこの街で沙織と暮らし、休みのたびにどこか出掛けていた。行った事がない店を探すほうが大変だった。

 もう慣れるしかない。

 転勤でもならない限り俺はこの街で生きていくしかないのだから。

 ドアの前で大きく息を吐く。そしてアイアンのドアノブを引くとすぐに夏海の姿を見つけた。


「椎名さん」

 夏海が一番奥のソファ席に腰をおろし小さく手をあげた。

「もう着いてたんだね」

「10分前に来たところです」

 和樹はアイスティーを注文した。夏海は既にテーブルに置かれたアイスココアを口にしながら和樹に微笑みかける。

「私たちデートしてるみたいですね。恋人っぽく見えるかな?」

「相談があるんだろ?なに、話って」


 夏海の振ってきた話題にはのらず淡々と切り出した。夏海は一瞬ぽかんとした表情を見せたがその後、口元に手をあてくすくすと笑いだした。

 意味ありげな笑い方に和樹は戸惑う。

 運ばれてきたアイスティーを口にし「なに笑ってるの?」と問いかけた。


「椎名さん。生まれ変わりの話、前にしてたでしょ? 覚えてますか?」
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