言い訳~blanc noir~
 夏海が何を言っているのか全く理解が出来なかった。

 赤ちゃんができたんです。

 勿論その言葉の意味はわかる。

 夏海は妊娠した、と、そう告げている。

 しかしそれをなぜ俺に告げるのか、そして夏海の妊娠が沙織とどう繋がるのか。まるで喉に異物がつかえたかのように飲み込む事が出来ず一切の言葉が和樹の口から出てこない。

 言葉を失ったまましばらく数分が過ぎていた。

「ちょっと椎名さん、何か言ってくださいよ」

 可笑しそうに口元に手をやった夏海が笑い出した。そこでようやく呪縛が解けたかのように和樹は慌てて口を開いた。

「ごめん。突然の話で意味がわからないんだ」

「妊娠してるって意味ですよ」

 そんな事くらいわかっている。

「それは」

 次の言葉を口にしようとした瞬間、それがとても不躾な言葉のように思えた。口から飛び出そうとした言葉を和樹は無理やり飲み込んだ。

―――それは誰の子供?

 その言葉が和樹の脳裏を飛び交う。

 それと同時に夏海を抱いたあの日の光景がまるで細切れ写真のように連続的に蘇り、和樹は思わず夏海から目を背けた。

 まさか、という思いが半分。そんな事あるはずがない、という思いが半分。ぐるぐると頭を巡り、それを言葉にする事を躊躇っていた。

 しかし夏海ははっきりと言った。


「椎名さんの子供ですよ」


「……俺の?」

 夏海は腹に手を添え、丸く撫でながら目を細める。
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