言い訳~blanc noir~
 仕事の途中沙織の写真を眺めながら独り言を呟き、日が暮れた頃銀行に戻る。

 そして自宅に戻ると夏海が待ち構えていたようにキスを求めてくる。

 義務のようなキスに愛情なんかあるはずがなく、それでも、結婚したのだからと無理に応じていた。

 夏海が寝た頃、沙織の部屋に入る。するとクロがベッドの上で丸くなっている姿を目にしようやく心が落ち着く気がした。

 パソコンを立ち上げ、相変わらず“さおりちゃん”としてブログ更新を続けていた。

 その世界だけが自分の居場所のように思え、唯一沙織と繋がっていられる気がした。毛玉のコメントはいつも似たようなものばかりだったが、毛玉の他愛無いコメントが純粋に嬉しかった。

 どこの誰なのか、本当に毛玉が女性なのかさえわからないネットでの繋がり。

 しかしその世界だけはいつも優しい空気が流れていた。

「クロ、おやすみ」

 ブログを書き終わり、頭を撫でると頭をもたげたクロからじーっと見つめられた。

「俺にはクロがいるからな。長生きしろよ」

 クロの頭をぽんぽんと優しく叩くとクロは大きなあくびをし、そして、再び目を閉じた。

 もう自分にとってクロだけしかいないような気がした。

 クロが何才なのかはっきりとはわからないがきっと10才近いはずだ。猫の寿命は13~15年とネットに書いていた。

 あと数年しか一緒にいられないのか、そう思うと無性に不安になる日もある。

 嫌な言い方だが、まだ見ぬ我が子に何の愛情も持てなかった。夏海の腹に宿る命よりもクロへの愛情のほうが深い。

―――沙織の生まれ変わり。

 そう思い込もうとする自分もいないわけではないが、夏海に対する愛情がない中、そんなふうに前向きに考える事に無理を感じていた。


 そんな日々を重ねながら、いつものように外回りに出掛け銀行に戻った頃時刻は6時を過ぎていた。

 すると伊藤果歩という20代半ばの窓口業務の女に声を掛けられた。

「椎名さん。ちょっとお時間ありますか……?」

「どうしたの?」

「あの、ちょっとお話があって……。ここじゃ話しづらいから出来れば外で……会えませんか?」
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