言い訳~blanc noir~
「赤ちゃんのエコーの写真、私、どうしても捨てる事が出来なくて……。だけどその写真を見ると凄く辛くて。それで古賀さんから“そんな写真をいつまでも持ってたら赤ちゃん浮かばれないよ。私が焼いてあげる”って言われたんです。それで私……」
―――まさか……
和樹は絶句したまま、強張った表情で伊藤を凝視していた。
「それで渡したんです。赤ちゃんのエコーの写真……それからしばらくして古賀さんがお休みして、それからすぐに椎名さんが古賀さんと結婚って……。もしかして椎名さん。古賀さんから妊娠したって言われたんじゃないかって……」
「妊娠してるんだ、古賀さん……」
力なく和樹が呟いた。
「椎名さん、絶対に違います! 古賀さん、妊娠なんてしていないです!」
「でも俺、検査薬って言うのかな。その陽性反応も見せてもらったし、産婦人科について行ったよ。妊娠の診断書も見たんだ」
「検査薬は多分私のです。古賀さんの家で捨ててもらう事にしましたから。それに診断書なんて……古賀さん人事部の前、総務ですよ? 病院の診断書なんて今まで散々見てきただろうし、いくらでも真似て作成できますよ。それに産婦人科について行ったって、中に入って先生と話したんですか……?」
「いや、中に入るのは遠慮してくれって言われたんだ。それにとにかく人が多くて、中で待つ事も出来ないくらい人が多かったから車で待ってたんだ」
「そこもしかして桜産婦人科ですか?」
はっきりと覚えているわけではないが、場所を説明すると一致していた。伊藤は「やっぱり……」と涙を浮かべたまま唇を震わせた。
「その病院、私が行ったところです。古賀さんについて来てもらいました。人が多くて、男の人が待ち辛いところをあえて選んだんですよ」
「でもその日、古賀さん診察受けてたんだ」
「椎名さん。診察なんて、なんとでも言えるじゃないですか。生理不順とか生理痛が激しいとか、それにがん検診だって受けられますよ」
今度は和樹の言葉が何も出てこなかった。顔から血の気が引き、夏だというのに悪寒がした。
―――たった今聞かされたその話が事実であれば俺は何のために夏海と結婚したんだ。
「椎名さん、私もっと早く椎名さんに言うべきでした。だけど自分の妊娠や中絶した事……それが皆にばれる事が怖くて言えませんでした。ごめんなさい……本当に申し訳ありませんでした」
伊藤は堪えきれず涙をぼろぼろと零しながら和樹に頭を下げた。
「……俺、騙されたのか?」
「古賀さんを病院に連れて行けばわかります。それかもう結婚されてるんだし、夫っていう事で椎名さんが病院に行けば、妊娠の有無くらいは教えてくれるかもしれません。あと、私がこの話を椎名さんにしたって古賀さんに言ってもらっても構いません。銀行内で椎名さんが辛い目にあっているのも私のせいです。私に出来る事は何だってします。沙織さん亡くされて、ただでさえ辛い時期なのに……本当にすみません……」
最後は泣き声に掻き消され何を言っているのか聞きとる事が出来なかった。
それ以前に自分の奥底から湧き上がる動揺、そして、憎悪の感情がどす黒く滲み出し視界が真っ黒に覆われる。
伊藤の言葉を頭で理解しながら、まるで、別の人物がその話を聞いているかのような錯覚に和樹は襲われてしまった。
その瞬間、体のどこかで張り詰めていた糸がぷつんと切れる音を確かに聞いた。
―――まさか……
和樹は絶句したまま、強張った表情で伊藤を凝視していた。
「それで渡したんです。赤ちゃんのエコーの写真……それからしばらくして古賀さんがお休みして、それからすぐに椎名さんが古賀さんと結婚って……。もしかして椎名さん。古賀さんから妊娠したって言われたんじゃないかって……」
「妊娠してるんだ、古賀さん……」
力なく和樹が呟いた。
「椎名さん、絶対に違います! 古賀さん、妊娠なんてしていないです!」
「でも俺、検査薬って言うのかな。その陽性反応も見せてもらったし、産婦人科について行ったよ。妊娠の診断書も見たんだ」
「検査薬は多分私のです。古賀さんの家で捨ててもらう事にしましたから。それに診断書なんて……古賀さん人事部の前、総務ですよ? 病院の診断書なんて今まで散々見てきただろうし、いくらでも真似て作成できますよ。それに産婦人科について行ったって、中に入って先生と話したんですか……?」
「いや、中に入るのは遠慮してくれって言われたんだ。それにとにかく人が多くて、中で待つ事も出来ないくらい人が多かったから車で待ってたんだ」
「そこもしかして桜産婦人科ですか?」
はっきりと覚えているわけではないが、場所を説明すると一致していた。伊藤は「やっぱり……」と涙を浮かべたまま唇を震わせた。
「その病院、私が行ったところです。古賀さんについて来てもらいました。人が多くて、男の人が待ち辛いところをあえて選んだんですよ」
「でもその日、古賀さん診察受けてたんだ」
「椎名さん。診察なんて、なんとでも言えるじゃないですか。生理不順とか生理痛が激しいとか、それにがん検診だって受けられますよ」
今度は和樹の言葉が何も出てこなかった。顔から血の気が引き、夏だというのに悪寒がした。
―――たった今聞かされたその話が事実であれば俺は何のために夏海と結婚したんだ。
「椎名さん、私もっと早く椎名さんに言うべきでした。だけど自分の妊娠や中絶した事……それが皆にばれる事が怖くて言えませんでした。ごめんなさい……本当に申し訳ありませんでした」
伊藤は堪えきれず涙をぼろぼろと零しながら和樹に頭を下げた。
「……俺、騙されたのか?」
「古賀さんを病院に連れて行けばわかります。それかもう結婚されてるんだし、夫っていう事で椎名さんが病院に行けば、妊娠の有無くらいは教えてくれるかもしれません。あと、私がこの話を椎名さんにしたって古賀さんに言ってもらっても構いません。銀行内で椎名さんが辛い目にあっているのも私のせいです。私に出来る事は何だってします。沙織さん亡くされて、ただでさえ辛い時期なのに……本当にすみません……」
最後は泣き声に掻き消され何を言っているのか聞きとる事が出来なかった。
それ以前に自分の奥底から湧き上がる動揺、そして、憎悪の感情がどす黒く滲み出し視界が真っ黒に覆われる。
伊藤の言葉を頭で理解しながら、まるで、別の人物がその話を聞いているかのような錯覚に和樹は襲われてしまった。
その瞬間、体のどこかで張り詰めていた糸がぷつんと切れる音を確かに聞いた。