言い訳~blanc noir~
残骸
オフィスから広がる四角い窓の向こう。
西の空が分厚い雨雲に覆われていた。
ここのところ、この時間になると雲行きが怪しくなり、しばらくすると激しい夕立がアスファルトを容赦なく叩きつける。
和樹は今日中に作成しなければならない書類をデスクに広げていたところ、佐原から声を掛けられた。
「椎名、ちょっといいか」
顔を上げると佐原が神妙な表情を浮かべていた。和樹が立ち上がるとその場にいた他の連中が一斉に顔を上げる。
どうせ俺を嘲笑っているんだろ?
和樹が見渡した。
しかし、冷やかしの目付きというよりはまるで和樹の身を案じているかのような目付き。和樹は若干の戸惑いを感じた。
佐原の後を歩き、向かった先は応接室だった。
「椎名、悪いな。呼び出したりして。まあ掛けなさい」
佐原と応接室に入ると部長が待っていた。
和樹が腰をおろす。
しかし佐原も部長も気まずそうな表情を浮かべたまま口を開かない。
「あの、お話というのは?」
和樹が切り出すと部長が佐原に目配せする。佐原が「うーん」と唸りながら顔を上げた。
「まず椎名に謝罪をさせてくれ」
「……謝罪、ですか?」
困惑気味に部長と佐原に目を向けた。すると佐原が話を続けた。
「伊藤さんが今朝、辞表を持って来た。まだ預かっているだけだが」
「伊藤さんが?」
「ああ。その時に全部、そのなんだ……事情を話してくれてだな」
言い辛そうに佐原が口ごもる。すると部長が補足するように言葉を繋いだ。
「まずその話が事実かどうか椎名に確認したい。もしその話が事実であるならば古賀さんは私文書偽造罪、虚偽による結婚詐欺という事になる。古賀さんはもう辞めているが、もしも銀行内にだな、古賀さんに加担した者がいた場合、椎名が裁判を起こせば……その」
「丸和銀行に詐欺に加担した者がいたらまずい、という事ですよね?」
和樹が部長の言葉を繋ぐ。そしてふっと笑った。
―――何が謝罪だ。
こいつらは俺に謝罪したいわけじゃない。面倒な事を避けたいだけだろう。
「椎名、変な意味で受け取らないでくれ。まず一番は椎名への謝罪だ。お前が一番辛い時期に上司として助けてやれなかった事は不徳の致すところだ。それに沙織さんがあんな事になれば自暴自棄になってしまうのもわかる。俺もあの場にいただけにお前の気持ちはよくわかっているつもりだ」
佐原が力強くそう言った。
「そこに古賀さんがどう椎名に関わったかはわからないが、辛い時期に、まあその、そういう仲になってしまったのも男だからわかるよ。しかしそこに詐欺まがいな事をしてだな……結婚というのは……。特に行員が産婦人科の診断書を偽造したのはさすがにまずい」
部長が目を閉じ唇を結ぶ。
もううんざりだ。
何が気持ちがわかるだと?
お前ら俺に何を言ったか忘れたのか?
「椎名、お前頭おかしくなったのか」と佐原は俺に言ったよな? 口もきかず、まるで俺の存在を否定するかのような扱いをつい昨日までしていたよな?
もうどうでいい。
「今回の件は僕のプライベートな話です。公私混同させるつもりもなければ丸和銀行の名を汚すような真似をするつもりもございません。夫婦間の事は夫婦で話し合います。どうぞご安心ください」
和樹がそう言い切ると佐原と部長は何も言わずばつが悪そうな表情を浮かべたままだった。
「では僕はこれで。失礼いたします」
応接室を後にした。
エレベーターに乗り込むと抑えきれない怒りに任せ壁に拳を叩きつけた。
「偽善者が」
和樹の声が静かに響いた。
西の空が分厚い雨雲に覆われていた。
ここのところ、この時間になると雲行きが怪しくなり、しばらくすると激しい夕立がアスファルトを容赦なく叩きつける。
和樹は今日中に作成しなければならない書類をデスクに広げていたところ、佐原から声を掛けられた。
「椎名、ちょっといいか」
顔を上げると佐原が神妙な表情を浮かべていた。和樹が立ち上がるとその場にいた他の連中が一斉に顔を上げる。
どうせ俺を嘲笑っているんだろ?
和樹が見渡した。
しかし、冷やかしの目付きというよりはまるで和樹の身を案じているかのような目付き。和樹は若干の戸惑いを感じた。
佐原の後を歩き、向かった先は応接室だった。
「椎名、悪いな。呼び出したりして。まあ掛けなさい」
佐原と応接室に入ると部長が待っていた。
和樹が腰をおろす。
しかし佐原も部長も気まずそうな表情を浮かべたまま口を開かない。
「あの、お話というのは?」
和樹が切り出すと部長が佐原に目配せする。佐原が「うーん」と唸りながら顔を上げた。
「まず椎名に謝罪をさせてくれ」
「……謝罪、ですか?」
困惑気味に部長と佐原に目を向けた。すると佐原が話を続けた。
「伊藤さんが今朝、辞表を持って来た。まだ預かっているだけだが」
「伊藤さんが?」
「ああ。その時に全部、そのなんだ……事情を話してくれてだな」
言い辛そうに佐原が口ごもる。すると部長が補足するように言葉を繋いだ。
「まずその話が事実かどうか椎名に確認したい。もしその話が事実であるならば古賀さんは私文書偽造罪、虚偽による結婚詐欺という事になる。古賀さんはもう辞めているが、もしも銀行内にだな、古賀さんに加担した者がいた場合、椎名が裁判を起こせば……その」
「丸和銀行に詐欺に加担した者がいたらまずい、という事ですよね?」
和樹が部長の言葉を繋ぐ。そしてふっと笑った。
―――何が謝罪だ。
こいつらは俺に謝罪したいわけじゃない。面倒な事を避けたいだけだろう。
「椎名、変な意味で受け取らないでくれ。まず一番は椎名への謝罪だ。お前が一番辛い時期に上司として助けてやれなかった事は不徳の致すところだ。それに沙織さんがあんな事になれば自暴自棄になってしまうのもわかる。俺もあの場にいただけにお前の気持ちはよくわかっているつもりだ」
佐原が力強くそう言った。
「そこに古賀さんがどう椎名に関わったかはわからないが、辛い時期に、まあその、そういう仲になってしまったのも男だからわかるよ。しかしそこに詐欺まがいな事をしてだな……結婚というのは……。特に行員が産婦人科の診断書を偽造したのはさすがにまずい」
部長が目を閉じ唇を結ぶ。
もううんざりだ。
何が気持ちがわかるだと?
お前ら俺に何を言ったか忘れたのか?
「椎名、お前頭おかしくなったのか」と佐原は俺に言ったよな? 口もきかず、まるで俺の存在を否定するかのような扱いをつい昨日までしていたよな?
もうどうでいい。
「今回の件は僕のプライベートな話です。公私混同させるつもりもなければ丸和銀行の名を汚すような真似をするつもりもございません。夫婦間の事は夫婦で話し合います。どうぞご安心ください」
和樹がそう言い切ると佐原と部長は何も言わずばつが悪そうな表情を浮かべたままだった。
「では僕はこれで。失礼いたします」
応接室を後にした。
エレベーターに乗り込むと抑えきれない怒りに任せ壁に拳を叩きつけた。
「偽善者が」
和樹の声が静かに響いた。