言い訳~blanc noir~
 衝撃のあまり夏海は魂を抜き取られたかのように呆けた顔で立ちすくむ。

 その姿があまりにも滑稽で和樹の笑いを誘った。肩を揺らしながら和樹が笑う。

 この女をとことんぶっ壊してやりたい。もう二度と立ち直れないほどこの女の自尊心を粉々に握りつぶしてやりたい。

 自分がこれほどまでに冷酷で無情な一面を持ち合わせていたとは今まで気付きもしなかった。

 恐怖を顔に滲ませたまま身をすくめる夏海の首をじわじわと真綿で締め付けてやりたくなる。


 沙織を失った事で芽生えた人格なのか、それとも、夏海と関わった事で芽生えた人格なのか。

 それともこれが本来の自分なのか―――


「……流産ってどういう事? 和樹なに言ってるの?」

「そろそろ流産する頃だろ?」

「和樹……どうしてそんな事言うの? 和樹がなに言ってるのか意味がわからないんだけど」

 和樹が煙草を取り出し口に咥える。夏海が目を丸くさせた。

 夏海と暮らし始めてから約1ヶ月、自宅での喫煙は控えていた。身重の妻を持つ夫がそうするように喫煙は職場の喫煙所、もしくは車の中だけに留めていた。

 もはやそれさえも馬鹿馬鹿しく思える。

 顔を横に背け煙を吐き出すと、ゆらゆらと紫煙が立ち昇る。和樹が目を細め微笑んだ。

「夏海も吸えば? 俺の前で禁煙のふりするの辛いだろ」

「……なにそれ。私が妊娠してないとでも言いたいの?」

「妊娠してたんだっけ」

「見せたじゃない!! 診断書とエコー写真、和樹に見せたでしょ!?」

「これか」

 声を荒げる夏海に診断書を差し出すと夏海は言葉に詰まったかのように唇を微かに震わせた。
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