言い訳~blanc noir~
「診断書は偽造。エコー写真は伊藤さんのものだろ? しかも日付け部分を綺麗に切り落とすなんて仕事が丁寧なんだね、古賀さん。丸和銀行は有能な人材を失ったな」

 そう皮肉っぽく吐き捨てると夏海の顔が激しく歪む。

「あと今朝、桜産婦人科に行って確認してきた。妊娠してもいないのにつわりのふりをしたり、お腹を撫でてみたり、まるで検診に行ったかのような作り話を考えたり。凄い才能と演技力だよね。そのうちハリウッドからお呼びが掛かるんじゃない?」

 すると突然、夏海が悲鳴のような叫び声をあげ和樹の足に縋りついた。まるで犬のように四つん這いになり、必死に和樹の左足に両手を巻きつける。声にならない声が部屋中に響いた。

「お、お願いっ……話を……聞いてっ!!」

 命乞いでもするかのような必死の形相。和樹が吹き出した。

「なんだよそれ。今さら何の話があるんだよ」

「か、和樹をっ……私が守ってあげたかったの」

「俺を守る? 俺がいつそんな事頼んだ?」

「違う、そうじゃないのっ! 落ち込んでる和樹を支えたくて近くにいてあげたかったの。和樹の事が好きで、ずっと好きで、私……どうしても諦められなくて……」

 ひざまずく夏海の目線に合わせ腰を落とす。

「好きなら何をしてもいいの?」

 まるで子供に話し掛けるような優しい声色で和樹が言った。

 夏海の目には涙が溢れ、その雫が今にも零れ落ちそうなほど目の淵で揺れている。

「美樹さんと付き合ってる頃から和樹の事が好きだった……。だけど別れたって知ったときには既に沙織さんがいて……。一度は諦めようと思ったの。だけど沙織さんが亡くなって……」

「沙織が亡くなってチャンスが巡ってきたとでも。そう言いたいのか?」

「そういうつもりじゃない!」

「じゃあなに? 沙織の生まれ変わり。中絶は殺人だっけ? 自分が言った言葉くらい覚えてるだろ? そんな台詞を並べてまで俺と結婚したかったのか? 騙してでも結婚したかったのか?」

「悪気があったわけじゃないの……」

「悪気がない? 私文書偽造、妊娠詐欺までしておきながら悪気がないんだ。凄いね、夏海」

 夏海はしばらく和樹を見つめた後、力を失ったかのようにがっくりとうな垂れた。

 もう何を言っても無駄だと悟ったかのように―――。
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