言い訳~blanc noir~
堕落と不実
――あれから3年。

 沙織の享年と同じ32歳という年齢を和樹は迎えた。

 この3年、何も変わっていないと言えば何も変わっていないし、何か変わったと言えば大きく変わった気がする。

 変わっていない事はと言えば、毎日沙織にアールグレイを供える事。“さおりちゃん”としてブログを書き、毛玉とコメントを交わす事。

 クロはこの頃年のせいか毛艶が悪くなってはいるものの、相変わらず鰹節が大好物だ。甘えたいときに甘え、寝たいときに寝る。マイペースな生活を送っている。

 和樹にとってブログの世界とクロがいる空間だけが唯一の居場所だ。

 それは3年前も3年経った今も何も変わっていない。


 そしてもう一つ変わっていない事。それは夏海とまだ夫婦でいる事だろう。

 なぜ離婚しないのか、いつか誰かに聞かれた事があったがもっともらしい理由はなく「どうでもいい」というのが本音だった。

 離婚したくないと食い下がる夏海の言い分を聞く事さえ煩わしく、離婚届にいつまで経っても署名しない夏海に心底嫌気がさした。


 もうどうでも良かった。

 温かい家庭、幸せな日々。そういうものを求める気もない。どの女と関係をもとうが、どの女と結婚しようが、自分にとっての幸せは沙織が死んだあの日に全て奪われてしまった。

 こんな空っぽの中身のない結婚生活になぜ夏海が縋りつくのか、その意味もわからないがそんな事でさえもどうでもいい。


 だが、さすがに3年も経てば沙織を思い出し涙を流す事もなくなった。

 仕事に行けばそれなりに雑談を交わしながら同僚たちと笑う事もある。仕事に励み、業績を上げ、有能な行員として実績を積んだ。上司や同僚からの信頼も厚く出世への道のりも順調だ。

 しかしそれは銀行のためでも、上司のためでも、客のためでも、自分のためでもない。

 全ては自分にとって単なる暇つぶしだ。

 大きく変わった事、それは自分自身かもしれない。

 奪われるくらいなら奪い取ったほうがいい、騙されるくらいなら騙したほうがいい、利用されるくらいなら利用したほうがいい。

 何も信じない、何も感じない、何も求めない。そんなふうに生きる事が一番らくだと知った。

 しかし馬鹿な女は俺を信じ、俺に何かを感じ、俺に愛だの幸せだの、くだらないものばかりを求めてくる。

 口先だけの吐き気がするような甘い言葉に舞い上がり、自分勝手な夢を見る。

 俺にとって女も仕事と同じように暇つぶしでしかない。目の前に差し出された料理を口にするように、俺にとってセックスは腹を満たす行為となんら変わらない。

 その行為に愛なんかいらない。愛がなくても女は抱ける。

 もう何もかもどうでもいい。
< 156 / 200 >

この作品をシェア

pagetop