言い訳~blanc noir~
 全体会議の最中、スーツの内ポケットに入れた携帯電話が震え着信を知らせていた。

 それに気が付いてはいたが電話に出るわけにはいかず放置しているとすぐに留守番電話に切り替わる。しかし2、3分すると再び震え始め、内ポケットから取り出しそっと着信相手を確認した。


 夏海からだった。

 結婚した日から5年が過ぎたが夏海から仕事中に電話が掛かる事など一度もない。

 1年に2、3度業務連絡のような短いメールが届く程度で後はお互いに一切どこで何をしていようと詮索も干渉もない。

 そんな紙切れ1枚で繋がっただけの希薄な夫婦関係を続けている中でのこの電話は妙に胸に引っかかってしまった。

 30分後会議が終わり、すぐに夏海に折り返した。

「クロの様子がおかしいの―――」

 仕事を抜け出し慌ててマンションに戻ると呼吸が苦しいのかクロは肩で息をしていた。

 ここ数日、何となく元気がないような気がしていたがキャットフードも口にしていたし、ブログを更新させている時は膝の上に乗ってくる事もあった。

 昨夜もベッドの中に忍び込み、和樹に腕枕をされ眠っていたため特に大きな心配もしていなかった。

 思わず手に嫌な汗を握ってしまった。

「クロ?大丈夫か?」

 声を掛けながら体に触れると顔を持ち上げはするもののやはり気怠そうな様子が感じられる。


「病院に連れて行く」

 夏海に告げ、クロをケージに入れた。


 そして車で10分ほどの場所で開業している掛かり付けの動物病院にやって来た。獣医に状態を説明すると聴診器をクロの胸にあて、すぐにレントゲンを撮る事になった。

 待合室で待つよう促されソファに腰をおろす。不安から気持ちが落ち着かず、胸にどんよりとした雨雲が広がるような気分だった。

 膝の上で拳を握り待っているこのわずか数分、何度も何度も“どうか何事もないように”と心の中で必死に祈り、願った。

 神も仏もいないと一度はスピリチュアルな世界を頑なに拒絶したくせに、こういうときだけ天に縋る自分に矛盾を感じる。

 勝手信心も甚だしいが、どうかクロを守ってください、と天に向けて縋るような気持ちだった。
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