言い訳~blanc noir~
 毛玉が言っていた通り奇跡が起きたようだ。

 例えそれが一時的なものであったとしてもクロをもう一度自宅に連れて帰れる事が嬉しく思えた。

 ケージに入れられたクロは助手席で「ぎゃおぎゃお」と雄叫びをあげているが、昨日の弱々しい掠れ声からすると、この雄叫びでさえも愛らしく聞こえてくる。

 和樹の顔が自然にほころんだ。


 それから毎日朝と夜の2回、クロに薬を飲ませる事が和樹の日課になった。

 頑なに口をつぐみ抵抗するクロの口を強引にこじ開け錠剤を口の中に放り込む。

 最初はクロに散々文句めいた鳴き声をあげられ、ある時は「ふぁーっ!」と威嚇されたが、それでも3日も経てばコツを覚えた。

 以前より少し痩せた感はあるが、それでもクロは回復に向かっているように見えた。

 ブログにクロの写真を載せるとすぐに毛玉からコメントが書き込まれ、ここのところ、毎日のように毛玉からクロと”さおりちゃん”を気遣うメッセージが届くようになった。


 クロが帰って来た日から5日が過ぎ、10日が過ぎ、そして2週間が経過した。

 動物病院に連れて行くと、予断は許されないが一先ず投薬治療をこのまま続ける事になった。


―――1ヶ月が過ぎた。

 人とは環境や状況に順応していく生き物らしい。

 あれほどまでにクロが死ぬと大騒ぎしたが、クロの容体が落ち着きを取り戻すと再びクロがいる事が当たり前の生活になっていた。

 この1ヶ月、絵里子からの誘いには「仕事が忙しい」と言い訳し、メールもほぼこちらから送っていなかった。

 そのまま年度が替わった。

 沙織が亡くなり6年目にあたる年を迎えた。

 正月休みの最終日、和樹は絵里子と裸でベッドの上に横たわっていた。
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