言い訳~blanc noir~
―――南寄りの強風が吹き付けた3月初旬。
夏海と和樹は肩を並べダイニングチェアに腰をおろしていた。
帯でくくられた100万円の束が5つ、テーブルの上に置かれ、その向かい側に顔を強張らせたまま俯く絵里子が座っていた。
1時間ほど前に夏海がいれたコーヒーは手つかずのまますっかり冷え切っていた。
「絵里子さん、恨まないでくださいね?私、主人とあなたがそういう関係だと知って物凄く傷ついたんです。夜も眠れなくて、食事も喉を通らなくて……。主人とあなたを殺してやりたいって何度も何度もそう思ったくらい精神的にまいってしまったんです」
「……だからって示談金で500万はあんまりじゃないですか?」
「何を言ってるんですか……。私本当はあなたに1000万慰謝料を請求しようと思ってたんですよ?だけど主人に止められたんです。絵里子さんだけが悪いんじゃない、半分は俺の責任だって。和樹、そうだよね?」
夏海が隣に座る和樹の顔を見上げた。
「ああ。不倫は一人で出来ないから。半分は俺の責任だと思ってるよ」
「絵里子さん、私と主人は離婚するんです。あなた、その責任の重さがわかってるんですか?不倫は確かに一人じゃ出来ません。だけどあなたはご主人にこの事を知られたくないって思ってるんでしょ?あなたの家庭はそのまま、私たちの家庭だけが壊れるなんて理不尽だと思いませんか? 500万で私が黙っていればあなたの家庭は守られる。500万が高いだなんて心外だわ」
夏海が語尾を荒げると絵里子は何も言い返せずに奥歯を噛んでいた。
「主人には慰謝料として1000万請求しています。絵里子さん、残念ながら主人はもうお金ないわよ?財産分与で私が半分貰う事になったし、このマンションは主人が住むから売却も出来ないし。仮に売却したって残債が3000万くらいあるからプラスどころかマイナスよ? マンションなんて年々価値が下がる一方だって事くらいあなたもご存じでしょう?」
「……私は別にお金目的じゃありませんから! 私たち愛し合ってますから!!」
くすっと笑い、夏海は口元に手をあてた。
「愛し合ってるって私に主張されても。だったらご主人に私から伝えてあげましょうか?」
絵里子を見下すように夏海が煽る。すると絵里子は顔を真っ赤に染めテーブルをばんっと叩くと勢いよく立ち上がり身を乗り出した。
「言えば!? うちの旦那に言いたいなら言えばいいじゃない? あんた何様? 椎名さんが愛想尽かす気持ちがよくわかるわ! ブス!」
そう吐き捨てると絵里子がバッグを手に取り玄関に向かって歩き出した。
「ブスだって。何なのあの女」
夏海が心底むっとした顔で和樹を見上げる。和樹がふっと笑みを浮かべ夏海の耳元に口を寄せた。
「堀田に電話していいよ。ブスって言われたって」
そう言うと和樹は玄関を飛び出した絵里子の後を追いかけた。
「絵里子」
エレベーターに乗り込もうとした絵里子の手を引き胸に抱き寄せる。絵里子は「悔しい」と言いながら肩を震わせた。
「せっかく500万頑張って貯めたのに……私一生懸命貯めたのに……」
「ごめんね。まさか夏海にばれるとは思ってなかったんだ」
「椎名さん……。旦那にばれないよね? 私、旦那にばれたら殺されるかもしれない。さっきかっとなって奥さんにあんな事言っちゃったけど……奥さん大丈夫だよね? 旦那に言ったりしないよね?」
「後で俺からきちんと話しておくから心配しなくていいよ」
優しい声色で絵里子に囁きかける。
「……椎名さん、私とずっと一緒にいてね。これで終わりなんて言わないでね」
ぽつりと絵里子が呟いた。
夏海と和樹は肩を並べダイニングチェアに腰をおろしていた。
帯でくくられた100万円の束が5つ、テーブルの上に置かれ、その向かい側に顔を強張らせたまま俯く絵里子が座っていた。
1時間ほど前に夏海がいれたコーヒーは手つかずのまますっかり冷え切っていた。
「絵里子さん、恨まないでくださいね?私、主人とあなたがそういう関係だと知って物凄く傷ついたんです。夜も眠れなくて、食事も喉を通らなくて……。主人とあなたを殺してやりたいって何度も何度もそう思ったくらい精神的にまいってしまったんです」
「……だからって示談金で500万はあんまりじゃないですか?」
「何を言ってるんですか……。私本当はあなたに1000万慰謝料を請求しようと思ってたんですよ?だけど主人に止められたんです。絵里子さんだけが悪いんじゃない、半分は俺の責任だって。和樹、そうだよね?」
夏海が隣に座る和樹の顔を見上げた。
「ああ。不倫は一人で出来ないから。半分は俺の責任だと思ってるよ」
「絵里子さん、私と主人は離婚するんです。あなた、その責任の重さがわかってるんですか?不倫は確かに一人じゃ出来ません。だけどあなたはご主人にこの事を知られたくないって思ってるんでしょ?あなたの家庭はそのまま、私たちの家庭だけが壊れるなんて理不尽だと思いませんか? 500万で私が黙っていればあなたの家庭は守られる。500万が高いだなんて心外だわ」
夏海が語尾を荒げると絵里子は何も言い返せずに奥歯を噛んでいた。
「主人には慰謝料として1000万請求しています。絵里子さん、残念ながら主人はもうお金ないわよ?財産分与で私が半分貰う事になったし、このマンションは主人が住むから売却も出来ないし。仮に売却したって残債が3000万くらいあるからプラスどころかマイナスよ? マンションなんて年々価値が下がる一方だって事くらいあなたもご存じでしょう?」
「……私は別にお金目的じゃありませんから! 私たち愛し合ってますから!!」
くすっと笑い、夏海は口元に手をあてた。
「愛し合ってるって私に主張されても。だったらご主人に私から伝えてあげましょうか?」
絵里子を見下すように夏海が煽る。すると絵里子は顔を真っ赤に染めテーブルをばんっと叩くと勢いよく立ち上がり身を乗り出した。
「言えば!? うちの旦那に言いたいなら言えばいいじゃない? あんた何様? 椎名さんが愛想尽かす気持ちがよくわかるわ! ブス!」
そう吐き捨てると絵里子がバッグを手に取り玄関に向かって歩き出した。
「ブスだって。何なのあの女」
夏海が心底むっとした顔で和樹を見上げる。和樹がふっと笑みを浮かべ夏海の耳元に口を寄せた。
「堀田に電話していいよ。ブスって言われたって」
そう言うと和樹は玄関を飛び出した絵里子の後を追いかけた。
「絵里子」
エレベーターに乗り込もうとした絵里子の手を引き胸に抱き寄せる。絵里子は「悔しい」と言いながら肩を震わせた。
「せっかく500万頑張って貯めたのに……私一生懸命貯めたのに……」
「ごめんね。まさか夏海にばれるとは思ってなかったんだ」
「椎名さん……。旦那にばれないよね? 私、旦那にばれたら殺されるかもしれない。さっきかっとなって奥さんにあんな事言っちゃったけど……奥さん大丈夫だよね? 旦那に言ったりしないよね?」
「後で俺からきちんと話しておくから心配しなくていいよ」
優しい声色で絵里子に囁きかける。
「……椎名さん、私とずっと一緒にいてね。これで終わりなんて言わないでね」
ぽつりと絵里子が呟いた。