言い訳~blanc noir~
「おかえりなさい」


 寺から帰宅すると夏海が出迎えてくれた。

「ただいま」

「今日引越し屋さんが私の荷物全部出したから部屋が殺風景になっちゃったね」

「本当だね。意外と広いんだ、このマンション」

 リビングに足を踏み入れると所狭しと積み上げられていた段ボールがなくなっていた。

 和樹がリビング全体を見渡しながらソファに腰かけるとネクタイを緩ませた。ふうっと小さく息を吐き目を閉じる。思いの外疲れているようだった。

「和樹、大丈夫?」

「え?」

「……今さら私が心配するのもあれだけど。一人で大丈夫?」夏海が和樹の隣に腰をおろし心配そうに和樹の顔を覗き込んだ。

「大丈夫じゃないって言ったら?」

「えっ……」

 夏海はきっと“大丈夫だよ”という言葉を予想していたのだろう。和樹の意外な言葉に戸惑いの表情を浮かべていた。

「大丈夫だよ」

 笑いながらそう言うと夏海はぷっと吹き出し和樹の手を取った。

「和樹、今までごめんね」

「俺のほうこそごめんね」

 すると夏海は唇を噛みそっとまつ毛を伏せた。

「……和樹は私の事、少しでも好きだった?」

「本音と建前、どっちが知りたいの?」

「なにそれ。じゃあどっちも知りたい」

「全く好きじゃなかったよ。むしろ嫌いだった」

「うわ、ひどい。それ本音なの? 建前なの?」夏海が目を丸くさせ頬を膨らませた。その顔に和樹が笑う。

「本音も建前も同じだよ。でも、今の夏海を見ると手放すのは惜しいなって思うよ。本当に」

 そう言うと夏海は寂しげな笑顔を浮かべ和樹を見つめた。

「和樹、最後にキスしてよ」

 和樹の首に手を回し顔を近づけた夏海はそっと瞳を閉じた。

「好きな男いるんだろ? 一時の情に絆されてキスなんかしないほうがいいよ」

 和樹が夏海の腕をおろしながら笑みを浮かる。

「愛がなくてもセックス出来る男がそんな台詞言っても似合わないよ?」

「それもそうだね」

 二人して苦笑いする。


「和樹、絵里子さんと堀田さんから刺されないようにね」

「刺されてもいいんだけどね。いや、むしろ刺し殺して欲しいんだけど」

 和樹が笑うと夏海は呆れたように息を吐いた。

「ま、和樹の人生だから私がとやかく言う事じゃないけどね。私も最後は女優ばりの演技でお金いっぱい貰っちゃったし。絵里子さん、ありがとう。和樹、ありがとうって感じだわ」

「今度生まれ変わる時は女優になるといいよ」

「そうね。ハリウッド女優にでもなるわ」

 立ち上がった夏海がコートを羽織った。


「和樹は今度生まれ変わったら沙織さんと夫婦になるんだよ。そしてクロを見つけて3人で仲良く暮らしてね」

そう告げると和樹の頬にそっと口付けた。



「ばいばい」


「元気でな」


 6年には少し足りなかったが、この日夏海との生活にピリオドを打った。
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